- 【ネタバレややあり(しないように心がけてはいるけど)】
結構古い付き合いである うさりん女史 のblog、ココロのごみ箱で、
「『電車男(映画版)』を観てきた。期待してなかったけどスゴく良かった」
と言う趣旨の記述を見つけたので、ほぉそんならと近所のシネコンでさっき観てきた(上映、明日までだった。危ないところだ)。
まずどう感じたかというと、面白かった。 で次に、泣けてしまった。 万人がそういう反応をするかというと決してそんなことはないと思うのだが、なんというか『自分のツボ』を突かれてしまった感じで、素直に共感し感情移入できた。
どうもなにかうまく文章になりにくいのだけれど、自分と主人公たる、『アキバ系』の電車君の間には共通するものが結構ある。 それは見てくれとか趣味趣向の問題ではなくて、言ってみればおたくのエッセンス(本質)みたいなものであるのかなとも思ってみたりする。 女性に対して不器用だというのも似通っている。 尤もあそこまで免疫がないわけではもちろん無いが、来し方振り返ってみると不器用なのはやはり事実である。
ともあれ映画は、そんな彼がある日電車内で偶然に一人の女性(通称『エルメスさん』)を酔客から守ろうとしたことからその女性との接触が生まれ、彼女いない歴=年齢(22歳)の彼はその人生でかつてなかった出来事に興奮し、しかし経験がない故どうしていいか分からず、『2ちゃんねる』であるスレッドにふとレスを書き込んだことから、スレッドの『住人』たちが触発され、共感し、手取り足取りレクチャーし彼の恋愛をサポートし、電車君も必死に自分の弱い心と闘いながらなんとかひとつひとつ頑張っていく。 果たして『アキバ系』と『お嬢様』の、巨大匿名掲示板にバックアップされたラブロマンスはどうなるのか…という実話に基づいた作品だ。
無要領であったり不得手であったりすると人はどうしても身の丈を越えた自分を見せようとしてしまいがちになる。 いわゆる『見栄を張る』というやつだ。 でもそうした虚栄の自分というのはいつか破綻する。 その前段階として背伸びしきった自分と相手を上辺で見比べて「釣り合わない」と思ってしまう。 諦めようとしてしまう。
そこで、諦めまいとする心を持つことや、虚栄ではなく、ありのままの自分が相手を思いやり、出来ることを精一杯やる事こそが本当に大事なのだという実に当たり前のことをこのストーリーは教えてくれている。
自分が泣けてしまったのはまさにこの点である。
また一方、この話が本や映画、TVドラマにまで発展した一番の背景は、これが2ちゃんねるという匿名掲示板上でリアルタイムに進行した実話だったからに他ならないのは異論の余地がないと思う。
そこにいた『住人』たちの心優しさや励ましが主人公にどれだけ勇気を与えたかということや、(映画を見る限り)この一連の出来事によって『住人』たちもまた育っていくという過程は(くどいようだがあくまで映画では)爽やかに描かれる。 この「お話をお話たらしめているもの(=舞台装置 といいかえてもいいか)」が、いかにも今日的でありかつファンタシックであるからこそ話に説得力が出ているのだろう。
演出的にも、まさに多元的に進行していく掲示板(の『住人』たち)のリアルタイムをパラレルにモンタージュしてみせる手法はあたかも自分もそのスレッドの『住人』になったかのような感覚を与える事に成功していて好感が持てたし、また重要なシークエンスで演劇的な観せ方をしていたのも面白かった(実のところ、演劇(ストレートプレイ)でこの作品を誰か演ってくれないかなと観ながら思った)。
ちなみに主人公の『電車男』を演ずるのは『ウオーターボーイズ(未見)』の山田孝之、ヒロイン『エルメスさん』は中谷美紀、二人とも好演である。
うさりん殿は冒頭いきなり登場する電車男(山田)のおたくっぷりにかなり衝撃を受けていたようだけど、個人的には
「アキバ系はもっと汗くさそうだろう…。」
と思うほどサッパリ系なおたく君だったのがやや不満。 ただ本当のアキバ系にしてしまうと多分興行成績落ちるだろうなぁとは思った。 後半はちょっと格好良すぎ。
それとクライマックスのシーンで秋葉原の街頭ロケから突然ブルーバックCGI合成の映像に切り替わるのだが、これは(気持ちは分かるが)シーンのリアリティが醒めるので止めて欲しかった。
てなところかな。
脇は佐々木蔵之介が一番好き。 かつて狂気が売りだった彼のなんとなくシニカルでとぼけた側面がよく出ていた。
ふう。 とりあえず「本日中」に書けるのはこんなところかな?
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