2007年5月 5日 (土)

【ポタリング】相模野基線を訪ねる。

/* またまた長文&mixiマルチポストですまぬm( )m */

【コース】
自宅-行幸道路境橋セブンイレブン(待ち合わせ)-鹿島神社-町田駅南-若松二丁目-大沼-木もれびの森内散策-一等三角点「下溝村」-国立相模原病院-相模が丘五丁目-四等三角点「基線中間点」-相模が丘二丁目~四丁目-ひばりヶ丘一丁目-一等三角点「座間村」-小田急南林間駅-大和市下鶴間ふるさと館-グランベリーモール-つくし野-ジョリーパスタ成瀬店-自宅

【データ】
自 転 車 :RITEWAY JAPAN "TIDY"
同 行 者 :たつS
タ イ ヤ:KENDA 50/100-8 20B (12 1/2 x 2 1/4)
ホイール :F= JALCO 6061 ALLOY 12" x 203 / R= XRIMS Z100 + SHIMANO INTER3 HUB
ギ    ア:52x13(Low(x0.733),Nid(x1),Top(x1.36))

走行時間:2:11:37
走行距離:26.31 km
平均速度:11.9 km/h
最高速度:42.4 km/h
獲得標高:621 m
消費熱量:1681 kcal
天    候:快晴
平均気温:30 度C
体    重:79.4 kg
体脂肪率:29.2 %

【テキスト】
 明治15年、僕の自宅から西方約6kmをほぼ中心として、北北西から南南東の方向に、長さ5209.9697mの直線が引かれた。この直線は「相模野基線」と称されており、今日、あなたが、僕が日常何の気なしに使っている日本国地図を、明治政府が初めて三角測量で作った時の文字通り基となる線である。
 より具体的に言えば二つの一等三角点~当時の神奈川縣高座郡下溝村に設置された「下溝村(相模野基線北端点)」と同高座郡座間入谷村~に設置された「座間村(相模野基線南端点)」を結んだものだ。もちろん実際に地面に線が引いてあるわけではないがこれ無しに我が国の近代地図はスタートしなかったと言っていいほどの重要な線分なのだ。
 とは言え、自転車おでかけのモチベーション作りに三角点を訪ねるようになってしばらく経つというのに(これは友人のInagaki,Mさんの影響が大きい)、その存在を知ったのはつい二月と前ではなかった事は恥じ入るばかりであるのだが、何故知ったかというと、3月に仮眠症、引いては睡眠時無呼吸症候群を疑われて北里大学病院に罹った時、待ち時間で暇をもてあましていたのでハンディGPSに入力されていた近隣ポイントを適当に巡って行き着いてみたらそこが北端点だったという次第で、そこで碑文を読んだり帰ってからwebを閲覧してみてその重要性を知ったわけである。ちなみにこの北端点は相模原の市史跡となっている。
 さて北端があればもちろん南端もあるわけで、さらには測定精度向上のための基線中間点も存在する。せっかく近所にこんな近代地勢史の遺物(しかも単なる遺物ではなく、現代もその役割は厳然と生きているのだ)があるならば、この線分を辿ってみたいと思うのは当然の理だろう。
 しかしながらあまりに身近すぎ、なおかつサイクリングとしては距離も中途半端なのでなかなかできずにいた。ところが昨日の三浦半島一周で受けた足のダメージがなかなかキツく、せっかく元々の予報に反して晴れ上がったというのにちょっとロングライドはキツいなという塩梅で、ならば疲労抜きを兼ねて相模野基線ポタリングをしてしまえとなったため今回の基線巡りが実現した。
 とはいうものの、レーサーを使えばあっという間に終わりそうだが、それで独りで行くのもなにか味気ない。なので、朝も早からご近所の友人「たつS」さんをskypeで呼び出し強制的に参加させる事にした。
 氏は元自転車メーカーの社員であり、これも元が付くのだが都内で有名なショップで長く働いた経験も持っていたりするので自転車は5台くらい所有しているのだが、何故か10年くらい前に自宅を新築した際それらを自室のクローゼットにしまい込んですっかり乗らなくなってしまっていた。ところが最近Newtonという14インチの小径フォールディング車を手に入れたところ、昔取った杵柄に火が入ったのかカスタマイズに明け暮れるようになった。
 で、「今すぐ動く」のはこれのみという。僕は僕でレーサーで行くつもりは無かったのでMTBかやはりフォールディングなTIDYが選択肢なのだが、MTBはブレーキブラケットのパーツに最近破損が見つかり只今部品入荷待ち・不動状態なので必然的にTIDYになる。ということで期せずしてミニベロポタリング隊の出来上がり。
 12時くらいに、境川と行幸道路が交わるところにある境橋(こう書かないとこの川には同じ名前の橋がいくつもある)傍のセブンイレブンで待ち合わせ。メッセンジャーっぽいルーズフィットなジャージを上衣にしているとは言えバイクパンツ・ヘルメット・グラブという出で立ちな僕に対して、遅れて現れた氏は思いっきり「近所のコンビニに買い物に行ってきます」的なラフなスタイル。凸凹コンビ。
 自転車乗りに関してはかなり長いブランクのある氏は「付いていけなくなったら、遅れるだけだから」と言っていたがルートマップは渡したとは言えピンポイント的にはGPS無しにはなかなか行き着けないところでもあるので、努めてゆっくりなペースを心がける。…にしても平地で13km/h巡航くらいか。もちろんInter3で三段変速になっているTIDYのギアはLOWのまま。なんかこんなにのんびり走った事無いなあ。でも普段見落としてしまいそうになる周囲の風景が目に新鮮である。
R0013089  R16を横断して昭和橋に抜ける県道52号線を西進して右手に樹齢300余年の大ケヤキ群のある大沼交差点を過ぎると、この辺には多い「○○林間」という地名に相応しい森が左右に広がる。もっとも宅地化の余波を受け、その名残は本当にこの一角だけになり、尚今でも都市計画という名の下に森は薄く鳴り続けているのは誠に心寒い物がある。ここの森は「木もれびの森」と名が付いており、近隣住民のいい散歩コースとなっている。街道沿いに北端点を目指すのならもっと先を左折するのだが、せっかくなので道的にはショートカットとなる森林散策と洒落込む。本来ならこうした木立の下は下草や腐葉土、木の根等でMTBでないとつらいのだが縦横の踏み分け道は硬く踏みしめられているためミニベロでも何の苦も無い。とても暑い日だったのだがここだけは別世界で氏も「なんか、ランドナーの世界だねえ。」と喜んでくれた。

 森林を抜けて市街地に出るとすぐ相模原市麻溝台4丁目の基線北端点。ここは先に書いた通り市の史跡であることもあって一角が小スペースとなっており歴史の重みを感じさせる。

R0013109 R0013108 Rimg0705
R0013110 R0013112 R0013113 R0013115

 さて、ここから基線をそのままトレース…出来ればいいがもちろんのこと道はそういう風に付いていないのでGPSに設定したルートに従ってのんびり東南方向へ走る。この辺りは、どうも道の付き方が変で何十年も近隣に暮らしている割には全然地図が頭に入っていないので、GPSによるナビゲートは心強い。途中、国立相模原病院や米軍ハウスを横に見て進む。
 次に目指すは相模が丘2丁目の基線中間点。行幸道路、小田急線を渡りしばらく行ってこの辺かなー?と思いキョロキョロしたらいきなり目の前に碑の看板が立っていた。
Rimg0713_1 Rimg0719_2    それによると「基点位置右へ20M」であったのだがGPSに頼りすぎて妙に明後日な方向を探していたらいきなり氏が「あったー!」と叫ぶ。行ってみると、事前に調べた通り標石は路上のマンホール内。Rimg0717  どのサイトを見てもこのマンホールを開けた写真が載っているのだが、メンテナンスホールに指を突っ込んで持ち上げようとしてもびくともしない。普段ならこうした時のために小さなバールを持ち歩いているのだが生憎忘れてきた。しかし、もしそれがあっても何の用もなさなかっただろう事は明白だ。みんなどうやって開けたんだろう?悔しいのでGPSをマンホールの上に置いた写真を撮ってお茶を濁す。
 さて、残る南端点は座間市内である。住宅地から一瞬座間街道に出、カレスト座間(旧日産様工場)の先を右折してさらに宅地を南下。GPSによるともうあと100mも無いと言うところでちょっとした通りに出た。すると、目印とされる医院のビルが目の前。実はこの南端点はこの医院の敷地内にあるのだ。そうは言っても小径に沿う金塀のすぐ内側にあるはずだからと見て取ると、その通りにあった。 標石も、敷地外から触れるほどのところにあるし、 脇には碑文も建っている。

Rimg0722_1 Rimg0724_2

とはいえ私有地内なので、もしこの文章を見て基線巡りをされる方がいらっしゃるなら、法と最低限のマナーは守って頂きたい。
 さて、ここまでで自宅から実走距離で約14km。とりあえず用は達したのだが、事前に組んできたルートではこの後グランベリーモールに行って(町田の)高尾山に行く事にしていた。ここには「長津田村」という三角点があり、基線から起こされた三角測量の第一次拡張点でもある。僕は以前行っているが氏は獄近所に住んでいるというに訪れた事はないと言うからここも行っておきたいポイントだ。その前にまずグランベリーモールを目指して東進。すると小田急南林間駅に、文字通り突き当たる。右に迂回して踏切を渡り更に進む。大体どの辺を走っているのか、ここまで来れば見当は付くのだが細かいところは分からない。と、Y字路を合流したら左手に古めかしい黒塀と屋敷が。あれぇ?なんか見覚えあるな、ここ。坂を下りつつ気が付いた。この道は、今から20余年前大学の厚木キャンパスにクルマで行くのに、まだR246バイパスが全通してなかった時に如何に鶴間駅の渋滞を回避するか血道を上げて開拓した裏道ではないか。下りきると、信号のある四つ角。こないだたまたまここを車で通ってあれっ?と思っていたのだが、Rimg0735_1 その角に真新しい江戸時代の建物(言い方、変だな)が出来ているのを見つけていたのだ。そこで小休止。碑文を読むと江戸期までこの辺りには庶民へ法令を徹底するための「高札」を掲げた「高札場」があったらしくどうやらこの立派な建物と「告 云々かんぬん」という太政官令が掲示された 東屋はその

復元らしい。

Rimg0733 Rimg0731さらに周囲を見て歩いたら、ここは「大和市下鶴間ふるさと館」という施設になっているようだ。入場無料のようなので今度訪れてみることにする。
 ところで今いるここは住所で言うと「乙三号」という。地図で見るとこの近辺はみな「乙○号」であり、確認できたところ八号まである。住居表示改正された最近の住所は置いといて、古い地名にしてもなんか妙な響きだ。一体謂われはどこから来ているのだろう。そんな事を考えていたら氏が「ここ(今来た道)って、旧R246なんですよねー。」と呟く。え?あれ?そうなの?それは知らなかった。更に言うなら大山街道だ、と。Rimg0741 近辺にある大山阿夫利神社は大山詣でと縁が深いらしい。なるほど。言われてみれば道の付き方からしてそれも合点がいくところだ。大山街道はかなり後代の成立だが、最近ハマりだしている鎌倉古道との位置関係もあるし、これはひとつこの辺もフィールドワークしてみよう。それにしてもウチ近辺の鎌倉古道は、ごく一部の例外を除いて道幅以外の家並み等はほとんどここ20年くらいで建て替わってしまい風情もへったくれもないがこの旧大山街道はよく雰囲気を遺しているのが嬉しい。
 小休止を終え、さらに直進すると観音寺前の交差点に出る。ここも鎌倉時代からの縁起がある寺らしい。すぐ先で境川サイクリングロードを左折して東京女学館短大を右に見て横浜水道が境川を跨ぐパイプラインの手前を右折して鶴間公園を回り込むようにグランベリーモールに着き、モンベルクラブを冷やかしてお茶。
 「高尾山、どうする?」と聞いたら「いや、またの機会に」と返ってきた。とりあえず今日ここで僕が買いたい物は何一つ無かったのだが(持ち帰りの手間とかもあるし)、氏はNewton用にワイヤーロックを購入。小一時間ほど過ごして、デジカメのデータをもらうため氏の自宅へ回り、上がり込んでうだうだとやっていたら夕暮れになってきたし腹も減ったので辞去、あまり飲食店には恵まれない道すがらにあるパスタ屋でカルボナーラを食して家路に就いた。
 それにしても運動したという実感は全くないのだけれども、それでも26km走って1700kcalほどを消費していた。たらたら2時間ポタリングというのも、案外馬鹿に出来ないものだ。

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【ロード】三浦半島一周(ちょいズル)

/* 久々なもんで。超長文すみませぬm( )m */
/* おまけにmixiとのダブるポストです… */

【コース】三浦半島一周(ほぼ時計回り)

【都140(成瀬街道)】-貝の坂-【横浜上麻生道路】-西神奈川-【R1】-青木橋-【R15】-高島町-【R16】-横須賀-救急医療センター前-【R16】-走水-観音崎-かもめ団地-浦賀-夫婦橋-【県212】-開国橋-ペリー公園-野比-【R134】-三浦海岸-引橋-【県26】-城ヶ島入口-城ヶ島-城ヶ島入口-引橋-【R134】-三崎口-立石公園-葉山御用邸-【県207】-森戸-渚橋-【R134】-滑川-【県21(若宮大路)】-下馬-【県311】-長谷観音前-【県32】-大仏坂-南藤沢16辺り-【裏道】-遊行寺門前-御殿橋-【境川CR】-高鎌橋-新道大橋-大和橋-観音寺前-境橋-【県51(行幸道路)】-【都140(成瀬街道)】

【データ】
自 転 車 :RIDLEY DAMOCLES
タ イ ヤ:Michelin Pro 2 Race 700x23C
ホイール :MAVIC KSYRIUM SL
ギ    ア:50/34T 12-25T
走行時間: 7:41:27
走行距離:152.0 km
平均速度:20.3 km/h
最高速度:48.5 km/h
獲得標高:1799 m
消費熱量:4596 kcal
天    候:晴
平均気温:24 度C
体    重:78.6 kg
体脂肪率:30.7 % (乗車前は26.1%だったのに…。何故体重1.2kg減って体脂肪が3.3kg増えるんだ…。)

 当初は三浦半島の、特に剱埼あたりに多くある三角点を巡ろうと家を出たのであった。数えて15個。この前提からして無理がありありだと気づいたのは道程半ば。
 晴天の午前はとても気持ちが良く横浜~横須賀といい感じで進んだのだが、ロングも絶えて久しいというのに横須賀までの約50kmを、最大心拍の85%近辺で走るというのは明らかにオーバーペースだった。観音崎への緩い登りでいきなり足が売り切れている事に気が付いた。力が入らないだけならまだしも太腿が差し込むように痙攣しだし、途中で止まってマッサージをする羽目になった。この痙攣は後々まで尾を引く事になる。

R0013916  走水から観音崎にかけては、家族連れが潮干狩りとバーベキューの嵐。目指す最初の三角点は観音崎灯台の傍にあるのだが、面倒くさがって「点の記」をダウンロードして印刷するという手間を惜しんだため、急坂の山中で指針がうろうろするGPSを見ながら右往左往。明治17年竣工の北門第二砲台跡の近辺にあるようなのだがどうにもアプローチが分からない。R0013920 散々迷っていたら、立ち入り禁止の海上自衛隊観音崎警備所の門に出た。どうやっても手元の情報だけでは行き着けそうにないので諦める。ここで1時間もロス。ちなみに帰って改めて点の記を落としてみたら、どうやら三角点は施設内にあるようで、これでは場所が分かっても駄目だったろう。

 そのまま岬を回って浦賀、久里浜。ここにも三角点がある。市街地だけに場所はすぐ分かった…のだが、閉鎖された会社の寮のてっぺんにあるくさい。これも諦め。
 さて、久里浜港から東電横須賀火力発電所を横目に緩い峠を、足をピキピキ言わせながら越えるとそこは三浦海岸。左手に海を見ながら快適なクルーズが楽しめると思いきや猛烈な南西の向かい風。このあたりはウインドサーフィンが盛んなようなのだが、波濤を越えてビュンビュン飛ばしている。江ノ島で見るのとは大違いだ。これでまた足のダメージは溜まっていく。本来の三浦一周ならば剱埼の方に向かうのが筋であるし、今日のメインディッシュたる三角点てんこ盛りはこの辺に集中しているのだが、そちらの方には半島南端の尾根に向かう直登がある。とてもじゃないがこの足では(押しても)無理だ。ということでショートカットして城ヶ島へ。三角点はここにもある。一旦、大橋を下りきって港の方まで行って探してみたのだがどうやら今下ってきた山の上にあるらしい。とりあえず冷たい物を飲みとって返す。もう、どんな登りでも泣きそうになる。ある箇所をストレッチしようとすると別の所が攣るのだ。それでもGPSを頼りに進むと農道に入った。ほとんどシングルトラックである。しばらく進んで「この辺だ」と言うところは畑。中でおじさんが農作業をしている。
「あのー、すいませーん。この辺に、三角点…」
R0013956 と言い切らないうちに鍬で畑の中を指す。おお。あった。今日初めての三角点。しかし、私有地だしあのおじさんがいなかったらたとえ見つけても歯がみをするようだったなあと思う。
 撮影してお礼を言い、ようやく帰路に就く。既にして16時くらい。本当は三崎漁港で鮪でも食いたいといつも思うのだが、着くのが遅くて結局食えない。今日も朝からほとんどジャムパンとかリンゴパイ。
 幸いにして風は南西なので、ボロボロの足でもそれなりのペースが保てる。しかしながら三浦海岸からそうだったのだがこの渋滞は何とかならんのか。「観光地に来た」っていうより「渋滞にはまりに来」てるんじゃないかと思う。

 途中、去年気づいてからちょっとお気に入りの秋谷で日が大分西に傾いてきたので立石公園で撮影休憩。その名の通り「立石」が海にそそり立っていてちょっとした奇景。R0013970 そばにイイカンジのレストランも見つけた。
 いつもならこの先、R134を進むのだがちょっと気が変わって森戸の方に行ってみる。古い、風情のある店屋が並ぶ。再びR134と合流すると海岸沿いをまたも向かい風。厭になる。

R0013988  しばらく進むと「15670」という味も素っ気もない名前の基準点がある。すぐそばまでいったがそれらしき気配がない。とりあえず国道からワイヤーロープを越えて歩道に出てみると、保護石も何もないところにセラミックの丸い二等多角点があった。15個の筈が2個。淋しい限りだがまあ良しとする。
 海岸沿いの向かい風に嫌気が差したので若宮大路を右に逸れ、長谷観音に向かって左折、大仏に向かって右折。大仏坂を登っていたらハムストリングと下腿三頭筋まで痙攣しだしてしまった。ひどいもんだ。
 もう、19時近かったのでこの辺で夕飯でも、とは思ったが、ここで腰を落ち着けると根が生えてしまいそうなので止め、あとはひたすら無風~追い風の境川CRを北上。結局飯を食ったのはウチから歩いて5分の蕎麦屋でだったりする。
 いやー、それにしてもこのヘタレ脚で道志行かなくて良かったなあ。

 あ、そだ。今思いだした。先日からホイールを、SHIMANO DURA-ACE WH-7801-SLからMAVIC KSYRIUM SL(全損したGIANTに元々付いてきた)にしているのだが、こっちの方がスピードの乗る感じとかコーナリングラインのトレースとか全然いいなあ。

【おまけ】
R0013949
 城ヶ島の住宅街で見つけた飼い猫。やっぱりというか奇しくもというか名前は「ミケ」。なかなかこっちを向いてくれない。というより縄張り荒らしの野良猫に関心が向いてたよう。飼い主のおばさんによるとてんで意気地が無くていっつも負けてる、そうである。

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2006年9月12日 (火)

【ロード】帰着>VUELTA A BOSO

【ロード】帰着>VUELTA A BOSO

 ついさっき無事自宅に着きました。
 お世話になった皆さん、どうも有難うございます。 いやー、それにしても降られた。 マッドガード付けてって良かった。
 まずは安着報告、委細は追って。

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舵翼よ、あれがクリの灯だ。

舵翼よ、あれがクリの灯だ。

 微弱電波と戦いながらやっとさっきのログ打ったと思ったらもう着いちゃうよ(笑)。
 35分だもんなぁ。

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さらばウチボウ鉄道

さらばウチボウ鉄道

 てな感じでさきほど金谷港から久里浜に向けてフェリーが出た。
 乗船少し前より雨まじり、デッキはかなりの風で半袖短パンでは寒い。 なのになぜここに居るかというとキャビンでは電波が飛ばないからだ。
 さよなら房総。

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南房 根本浜にて。

南房 根本浜にて。

 今から私は海人です。
 いやぁ、人っ子一人おりません。まさにプライベートビーチ!

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安房白浜、早朝。

安房白浜、早朝。

 ♪今はぁ もう秋〜 誰も〜 いない海〜♪

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2006年9月11日 (月)

夕暮れの房総

夕暮れの房総

 これからあの岬の端まで行くのである。

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清澄寺にて。

清澄寺にて。

 割りとたらたらな登りかと思ったら最後が結構来た。
 とりあえず厄払いはせず賽銭だけ投げてきた。 さすが日蓮宗大本山、立派なお寺だ。
 それはそれとして今宵はどこで寝ようか?

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曽我にて

曽我にて

 津田沼に辿り着き用事を済ませてその後飲んだら朝。 寝たら昼3時。 終わってる。 このまま来た道引き返すのはあほみたいなので一日ずれるが当初の予定〜房総縦断を敢行することにしたが問題は昨夜の寝床。
 蘇我にいるTojyo宅に無理矢理押しかけ床を提供してもらった。

 夜F1を久しぶりに観た。アロンソのリタイヤとミハエル・シューマッハーの優勝でシリーズあと3戦を残して2ポイント差、これならここから観てもおもしろいかもしれない。
 だが、それよりなによりインタビューでミハエルが「来年このモンツァを走ることはない。」と今期限りでの引退を正式に表明したのが感慨深かった。 これで一つの歴史に幕が下ろされるのだ。
 これで鈴鹿チケットのオークション相場は暴騰するだろうなあ。

 それはそれとして今朝出発準備をしていたら雷鳴とともに土砂降り。 乗り出してから降られるのはいいがこの雨の中出るのは厭だなあ。

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2006年9月 9日 (土)

お上りさん的一枚

お上りさん的一枚

 所用にて千葉へ。 どうせならトレーニング兼ツーリングもしてしまえと愛車、RIDLEY DAMOCLESで向かったはいいがPOLARのケイデンスセンサーのトラブルに見舞われ(無視しても死にゃしない)サイクルプロショップセキヤへの寄り道をしたりした結果今頃こんな所を走っている。
 時間には全然支障ないが本来ならこの時間は印旛沼にいたはずなのに。
 やはり印西市には近づくな、ということか。

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2006年8月16日 (水)

こんな川でも

こんな川でも

 …無いよかましかぁ。 昔より綺麗だし。
 あ〜足がひんやりして心地いい♪

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2006年8月10日 (木)

大塚阿波踊り8月24日

大塚阿波踊り8月24日

…である。
 数年前観たが、盛況度も踊り手の質もなかなかだった。
 熱気に釣られて最後には「勝手連」だったか「飛び入り連」だったかに参加して我を忘れて踊り狂い汗だくになったものである。
 都合が合えば今年も来たいが飛び入りは無理だろうな、この膝の痛みじゃ(自転車のクランクならわりと問題なく回せるのだが歩くような負荷のかかり方が辛いのだ)。

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2006年7月 7日 (金)

「いこい」がなんと!

「いこい」がなんと!

 古着屋に…!

 でもなんか町田的古着屋の風情じゃないなぁ。 ケータイ屋みたい。
 ※「いこい」がなんなのかは、こちら。 その後の変遷はこちら

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2006年4月 1日 (土)

自治会

 2005年度地区委員だったので、(建前的には全自治会員からの立候補選出なのだが、現実に好きこのんで苦労をしょい込む人もいないため)2006年度は役員である。

 自分とてなるべく楽な方がよいので、「渉外」という役にしてもらい、今日は日中新旧の引き継ぎを行い今さっき帰ってきたところである。 言葉からすると対外折衝関係を全部やらされるのかと思っていたら、具体的には主に環境美化関係の仕切り(対外的には市役所や資源回収業者とのやりとり)と灯油の共同購入程度であるとのことでそんなに自分の時間を大きく割かれる訳ではなさそうだ。

 それにしても自治会長(中学、高校とも僕と同じだった娘の親父さん)は大変だろうなあ。 ご本人は固辞されていたようだが祭り上げられてしまうとやらざるを得ないのである。

 それはそれとして、以前も書いたような気がするがこの住宅街は高齢化著しく、自治会では僕(40歳)が最若年くらいだ。 別の、高校時代の旧友が住むこの街から車で10分かからないところにある住宅街は建て替えで二世帯化になっていたりして、結構僕と同年配の家族がいたりするのだけれどここは子供は出て行ったきり帰ってこない傾向にある。 どうして同じような住宅街で違う現象が出現しているのか理由は分からないが、とにかくそれが現実だ。

 考えてみれば、世帯の出入りそのものがあまりない街だしなあ。 それも一世代限りになっている一つの要因なのかも知れない。

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2006年3月22日 (水)

いよいよ、さくら。

 ぽつりぽつりと咲き始めました。image.jpg

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2006年3月 4日 (土)

アフター・マイファーストダイブ

 慶良間諸島にて。
講習後、初めてのファンダイビングから上がり着替えたところ。
 体が冷えて寒い…。
 でもすっごく楽しかった!!

 …と、船上でケータイが圏内だったので本文書いて送信しようとしたら圏外になってしまった。
 なので、宿に着いてシャワーで体を暖めゆっくりこの追記を書いている。
 さぁて七時から打ち上げだぁ!image.jpg

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揺れに耐えるTojyo

image.jpg

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船上の人

 今日はボートです!image.jpg

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2006年3月 3日 (金)

心を癒しに…

海に来た。
ちょっと琉球まで。image.jpg

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2006年2月16日 (木)

ロシア大使館向かい

 こういうフラットが何不自然無く建ってるんだもんなあ。 一体賃料幾らだ?image.jpg

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2005年11月27日 (日)

そーいえば

もう十年くらいスキーしてないなー。image.jpg

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本日の昼食

富士見高原スキー場にある「花鳥野(はなどの)」で天蕎麦。なかなかんまい。nec_0396.jpg

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2005年11月26日 (土)

お出かけ

 今日は茅野の兄貴分ちへコイツでおでかけ。 イタ坊はお休み。

 道の駅「甲斐大和」でのヒトコマ。

 ちなみにたつのすけさんのこのマーチは一見単なるコンパクトサルーンだが一味も二味も違う。image.jpg

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2005年10月 1日 (土)

水道管破裂

 午前3時に寝たので昼までは起きるつもりはなかったのだが、6時にたたき起こされた。 近所の道路が冠水しているというのである。 一度は「あ、そう。」とだけ言ってそのまままた寝たのだけれどすぐにまた起こされた。 どうも状況は切迫しているらしい。

water_pipe_blowing_out_01  眠い目を擦りつつ現地に行ってみると確かにとんでもないことになっている。 道は水浸し、なお両端から激しく吹き出している。これはまずい。 すでに家人が市役所の緊急連絡先に電話をしていたがなかなか来そうにもない。 現場には自治会の防災隊長がいてどうしましょうかと話し合ったが、このままでは道路陥没の恐れもある。 そこに人や車が来ればきわめて危険だ。 そこで彼が携帯電話で警察と消防を呼ぶ。 到着までの間に何かあっては困るので漏水現場に進入する両端に立ってこちらは迂回するようにと交通整理。 冗談じゃねーよー、ねみいよー。

water_pipe_blowing_out_03   そうこうするうちに真っ先に到着したのはパトカー、連れて消防自動車。 やはり110と119は対応が早いのだなあと感心する。 彼らは現場を見てすぐにキープアウトを張り漏水箇所のチェックにはいる。 どうやら水道管の破裂のようだ。 まずはそこへの送水を止めねばならないがとはいえ市役所の水道課がこないと誰も手も足もでない。 ところがこれがなかなかこない。 業者を手配しなければならないのでどうしてもタイムラグが出るようだ。 結局1時間以上経ってもまだ到着しない。 だが警察と消防が連携して現場封鎖をしてくれたので、あとはこれ以上こちらとしても何の手伝いも出来ないので、激しく眠かったのもあって自宅に引き揚げそのまま昼まで二度寝。 状況を聞くと業者が来たのは8時くらいで通報を入れてから2時間もかかったことになる。

 コンビニに行く用があったついでに、家人が気を利かせて冷やしておいたサイダーを業者に差し入れるべく現場へ行くと、もちろんとっくに当該箇所への送水は止められ水も引いて後に流出した土砂が道路を覆っていた。 現場は破裂した水道管を露出させるためにこれから舗装をユンボでひっぺがす前の一休みという状況。 「お休みの所お疲れでしょうがよろしくお願いします。」と言ってサイダーを渡す。

 水の引いた破裂箇所のところを見てみると、土砂が流出したおかげで数十センチの深さでお椀状に道路が陥没していた。 とはいえ不思議だったのがそれだけのことになっても舗装が地割れのようになっていなかったことで、アスファルトというのはそうとう伸びるものなのだなあと思った。

water_pipe_blowing_out_05 夕刻に再び現場を通ったら道路ががばっとひっぺがされていた。 とはいえこれから作業をするわけではなくもう埋め戻しだ。

 夜、自治会の地区委員会があったので19時半前に現場道路を通ったのだが既に応急工事は完了しており、長さ10m、道路幅一杯の矩形状にアスファルトが張り直されていた。 業者のほとんどは引き揚げていた。 とはいえ朝6時の漏水発見から13時間も手当に時間がかかったことになる。 僕の住んでいる住宅街のメイン道路ではないとはいえそれに次ぐ道路が丸々一日通行止めになっていたわけだ。 大変なものだなあと思った次第である。

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2005年9月 4日 (日)

防災訓練

 今年は自治会の地区委員なので、地区委員会に出たり各種行事のお手伝いをしないといけない。 その一環もあって今日、3地区合同防災訓練に出てきた。

  NEC_0204 担当は給水給食である。 大釜で湯を沸かし、自治会備蓄のアルファ米に注いで戻す。 一応水でも戻るのであるが、熱湯の20分に対して60分かかるしおそらくは不味い。

 いずれにせよ熱湯涌かしたり注いだりする時間がかかるので、開始時間よりも30分ほど早めに仕込み始める。 そうこうするうち、協力の消防署・消防団の面々が集まりだし、予定の10時頃に避難誘導係に引率された住民がやってくる。

 こうしてみるとこの地区も高齢化が進んでいるなあと思う。 この住宅地が分譲されたのは今から30年近く前で、当時は働き盛りだったお父さん・お母さんたちは軒並みお年寄りになってしまっている。 なおかつ二世たちは大体家を離れてしまうので必然的にこうなる。 いい年して部屋住みな自分が参加者の中では最年少に近いくらいだ。

 それはともかく、訓練開始。 消火訓練、応急手当、要救助者搬送の三つを各自治会ごとローテーションで回る。

NEC_0209  昔は消火訓練と言えば油に浸したボロ布に火をつけてそれを消火するのが普通だったが、都の条例でむやみに火を起こせなくなったとか、消化剤を撒くと近隣住民から苦情が来るとかで、訓練用消化器に高圧充填された水を的である釜に放水する。 これでもなかなかうまく消化器を使いこなせない人も多かったので、正しい使い方を身につける訓練にはなるだろうが、やはり実際火を前にしてどうやって冷静に対処するかということを身につける必要があるのじゃないかと僕は思った。

 応急手当は三角巾を使った止血。 頭部と関節部。 初めて知ったのだがこのような時には巾を8回折りにして使う。 訓練用に用意されたものは既に折ってあったのですぐ使えたが、実際8回に折るやり方は結構難しい。 参加者の人が「インターネットに出てますよ」と言っていたが、「それ見てやっても難しいですね」だそうだ。

 搬送は毛布と竹竿を使った応急担架の作り方と搬送方法を学ぶ。 毛布一枚と竹竿二本あれば簡単に担架が作れてしまうのは意外だった。 ちなみに搬送については担架を前後で持つ人と指揮者の3人が一組になるのが基本で、指揮者は負傷者の状態を見たり励ましたりする他に搬送者の支援を行う。

 「もし消化器がなかったら、何を代用にすればいいか」「もし毛布や竹竿がなかったら…」という質問が参加者から寄せられたのだが、それらに関し消防署員が繰り返しといていたのが、「代用品を『わざわざ』用意するんだったら、きちんと消化器や担架を用意してください。 そんなに高いものではないですから。」ということ。 いずれにせよ不断の構えが大事だと言うことだ。

NEC_0207  一通り訓練が終わったところで戻してパック詰めしたアルファ米弁当を食す。 味は五目である。 アルファ米なんて子供の頃キャンプ用に売ってたものなど食えたものではなかったが、意外や意外、結構美味しかった。 さすがにこればかりじゃ持たないだろうが被災して数日くらいならなんとかなりそうな気はする。 


 ところで昨日地区委員会に出たら、10月に行われる自治会レクリエーション大会の委員もやるハメになってしまった。 意に添う話では全然無いのだが、高齢化著しい自治会の中で「お若い方のお力を…」と言われるとどうにも断りにくい。 来年は役員をやらねばならないし、ううん、困ったなぁというのが正直実感だったりする。

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2005年8月17日 (水)

稲村ヅェーン

 という訳で公約通り稲村ヶ崎で泳いでいる。 ここまでの道程はもちろんチャリだ。 最近定番になりつつある境川サイクリングロードを南下。

R0013235 【こういう感じで乗車している】

R0013230 【電脳チャリ。左からGPS、心拍計、サイクルコンピュータ】

 ちなみにGPS、eTREX LEGENDをマウントしているのはRAMマウント(Uボルト)という社外品で、頑丈かつフレキシブルにマウントできる優れものであるのだがいかんせんリンゴ1個分の重量は重すぎるし重心位置のオフセットでハンドリングへの影響も指摘されている。 なんとかしたいなぁと思っていたら友人のKobayashiさんRAMマウントのGPSケージを改造した軽量マウンターの製作を行ったのを、(一月ほど前であるが)彼のBlogで発見した。 あっ! これこそ僕の求めていたソリューションだ! という新鮮な驚きを覚えた。 その後実物を拝見したがスマートかつがっちりとマウントできていた。 僕は金鋸を持っていないのもあるし実際製作したというノウハウを享受したいのでそのうちKobyashiさんに器財と知恵を借りてやってみようと思っている。

 昨日の天気が嘘のように晴れ上がり今日は絶好の海水浴日和。 水も湘南にしてはキレイで二十メートルも沖に出れば十メートル近くは透明度がある。

 ゴーグルを付けて潜っていたら、魚も多い。 …と、ビビッドなオレンジの色彩が目に入った。 ヒトデだ。 僕は子供の頃からこいつが苦手である。 潮干狩で大量のこいつらに囲まれたときは本気で泣いた。 なにがそんなにダメなのかというと、まずあの人工物体としか思えない造形や色彩なものが『生きている』と言うこと、一見軟らかそうに見えて実は硬いらしいこと(ガキの時はあまりに恐くてとうとう触れなかった)等など。

 という背景はあるのだがいつまで恐れていても仕方がない。そんなシーンを甥に目撃されたら一生馬鹿にされるに違いない。 そう思って二メートルほど底のそいつをむんずとつかむと、昔言われた通りやはり硬かったがかすかに弾力を感じる。 つかんだからといって抵抗どころか身悶えもしない。 これで天敵が現れたらイッタイどうやって身を守るのだろう? そういう点ではナマコに似ている。 もっとも触感はナマコのぶにぶに感の方が数段不気味だ。 今思えばどうして三十年もヒトデに触れなかったのかとても不思議だ。

 それにしても稲村ヶ崎は静かだ。 平日とはいえとても湘南海岸とは思えない。 これでおねえちゃんが独り水着で物憂げにでもしてれば舞台装置は完璧なのだが世の中そう村上春樹的には出来ていないものなのだ。

R0013260

 さて、また泳ぐか。

 ところで、海水浴といえばBGMである。 湘南だからといってサザン・オール・スターズづくしである必要はないのだが、やはり音は欲しい。

R0013266

 ということで、LSDの友としているiPOD(危ないので両耳は塞がない。片耳だけ。)にこないだヨドバシカメラで見つけた小型のアクティブスピーカを持参して音を出してみた。 単四乾電池一本で駆動されるこのスピーカの音は、自宅で聞いてもはっきり言ってしょぼい。 なんとか聞けるというレベルだ。 だが、これ以上大きいスピーカでは可搬性に劣るし悩ましいところではある。 見ての通りデザインはiPODに大変マッチしているのだが。

 正直なところ、波音激しい海岸で聞けたものかと思っていたのだが、それなりには聞けるものだ。

 17時前ほどに泳ぎ終わって思い切り潮当たりしたままの体でレーシングウエアを再び身につける。 考えてみればここへ来て以来ウーロン茶を飲みPower Barのような補給食を採ったくらいであり、飢えている。 ちょっと何か摂らねば帰れまい。

 話は逸れるがウーロン茶を入れるのに普段使っているサイクリングボトルではなく、Hydrapack AS TEAMという背中に背負ったタンクからホースで給水するものを最近購入した。 これはこの夏があまりにも暑く熱中症になる恐れがあったため、野辺山合宿に向けて 「多分、無かったら俺、死ぬ」と手に入れたのである。 初めは普通に液体だけ入れていたのだが、せっかくの軟質ビニールで口も広いタンクである。 これならロックアイスを1kg買ってがしゃがしゃ詰めた後水気を入れればいいのじゃないか、と、試してみたら大正解。 純正の収納ザックでは、収納部の空気が少ないせいか若干断熱は弱いが、Hydar Packに対応したJack Wolfskinのザックに荷物と共に入れてみたら、炎天下の海辺を含めて都合4時間近く冷たいウーロン茶を楽しめた。

R0013276 稲村ヶ崎前の道路沿いには、モーターバイク乗りにはよく知られたTaro'sというカフェがある。 ここの雰囲気はのんびりして非常によい。 …が、今日はそちらではなく並びの稲村ヶ崎食堂に入った。 

 

R0013279 ここはダイニング&バーで、ちょうどバータイムのちょっと前と言うことで閑散としていた。 とりあえず2階のテーブルで冷たいものを。 食事は帰ってからと思っていたので他のオーダーは頼まず。

 ところでここのエントランスにはいつも犬が居る。 いつ見てもぐだーっとしている。

R0013280  名前を聞くと「マロ(麻呂?)」だという。 牡、七歳。

 今日は特にくたっとして愛想も振りまかない。 聞けば夏負けしてるそう。 毎年同じと個で過ごしていてもばてるものはばてるものなのだなぁと思う。

 さて、ここを辞去した後そのまま帰路につこうかと思ったのだが、やはり空腹に勝てない。 ということで稲村ヶ崎駅そばのコンビニで軽く食事。

 その後は江ノ島辺りまで戻って再び境川を遡上。 すっかり日も暮れた頃にBWSZに到着。 実は先に書いたHydarapackのリザーバータンクを買ったばかりだというのに壊してしまったのである。 というのは、このタンクは靴下のように表裏をひっくり返して洗浄乾燥が出来るのだが、その時に持つべきところを間違え、心臓部とも言っていいベロクロパッキンをタンクに縫いつけてある付近をぴーっと切ってしまったのだ。 とりあえず致命傷には至っていないのでなんとかこのままでも使えるのだがおそらく時間の問題で切れきる。 なので、その前にスペアを買っておこうということだ。

 着いてみたら、ZAMAさんは日中おっきーのTREKをメンテナンスしていたのが丁度終わったところだったらしい。 しきりに 「いいバイクだよ、これ。」 と誉めていた。 根幹たるフレームもよいし、なんと言ってもパーツはフルXTRである。 よくないはずがないよねー と二人で話した。 ZAMAさんに依るとこのTREKはなんと言っても操縦性とか取り回しがよいらしい。 狭い九十九折りのようなセクションで威力を発揮するだろうねとのこと。

 タンクを入手して家路へ。 ここで家に帰る近道を… とやったのだがとっぷり暮れた夜にやるものではないと痛感。 21時頃家に着いてみると走行距離は100kmをわずかに越えていた。 あれだけ遅く出て海水浴をしてもそれなりに走れるもんだなぁと一人ごちる。

 稲村ヶ崎で食べた補給食がまだ腹に残っていたので夕食は採らず、体重を量ってみると走行前の774kgから75.7kgへと落ちていた。 ううん、減ったのは素直に嬉しいがリバウンドの影響がまだ排除できていないのは悔しい。 とりあえず『四捨五入して70kg』を常態にするべく頑張ろう。

【走行データ】

Bike: Giant TCR Composite 1

・自宅-【境川CR】-藤沢-稲村ヶ崎(海水浴)-藤沢-【境川CR】-BWSZ-自宅
Time 4:48:45 Dist. 107.42km  Max.44.2km/h Ave.22.3km/h  Odo.1746.8km
乗車前体重 77.4kg  乗車後体重 75.7kg
総括: 稲村ヶ崎で海水浴=デュアスロン? LSDペース 140 - 155 bpm

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2005年8月11日 (木)

野辺山MTB合宿

 いやー、もうおなかいっぱい! …というか脚がいっぱいいっぱい …より正確に言えば心肺機能がいっぱい、なのだがとにかく合宿に行って、宿泊先のペンション、SY-Nak

SY-Nak 【早朝のペンションSY-Nak】

RICK 【チームSY-Nakアシスト犬、リック(2歳)】

のオーナー夫妻(なんと「大将」はMTBの全日本チャンピオンだった方で、「女将」はアテネのオリンピックアスリートという超豪華夫婦である)のガイドにより、野辺山の山々を駆けめぐってきた。

 僕は参加メンバーの中では一番の初心者だしなおかつ一二を争うほど弱いので、登りは長いとすぐ落伍してしまい、BWSZのみんなを長々お待たせしてしまうことしきり、ではあったけど下り基調のシングルトラックではこけつまろびつしながらも自分の中での快感度は120%の充実感だったし、僕を含んだホビーの人からアスリートレベルの人までみんなが楽しめた合宿になって、参加して本当に良かった。

iwappa_on_iimori-yama 【飯盛山山頂。本日最高地点。後方は八ヶ岳】

iimoriyama_peak 【同上。こんなところを登って降りる。下りは最高。】

 それにしても中学1年で初めて「自転車旅行」をしたのが自転車趣味への入り口だったのだが、高校以来25年もロードレーサーにしか乗っていなかったのだ。 それも基本的にツーリスト。

 それが昨年Inagakiさんに誘われて初めて彼のMTBで野山に入り、

「こ…、こんなおもしれーこと、なんで今までやらなかったんだ!?」

とものすごくカルチャーショックを受けたのだった。 その時使用したMTBに今僕は乗っている。 今回も、肉体的には(サボり基調であったせいもあり)相当にしんどかったのだが、全体としてはそんなのどこかへ吹き飛ぶほど楽しかった。 本当に、参加して良かった。

 それと、ツアラーだと書いたが、コンペティションに今まで出ていないわけではない。 最後に出たのはもう8年前になるが、夏の乗鞍マウンテンサイクリングというヒルクライムに数年「精神修行」として出ていたことはある。 これへの復活を是非とも果たしたいとは思っているのだが、それとは別にレースに出てみたくなった。

 初めてそう思ったのは、今回の同行者でもあるN野さんが参加している「キャノンデールカップ」というレースの応援に行き、コンペティターがみんな必死に頑張っているのを間近に見たことと、やはり今回の参加者であるレース娘、おっきーの強さとか、とにかくレースに出ることを楽しみ、それに向かって精進している姿勢を目の当たりにしたせいもある。

 今回のあの体たらくで「レースに出たい」などというと人からは鼻で笑われそうな気もするが、自分がどこまで出来るのか、またレースのためのトレーニングを通じて(鬼が笑いそうだが)どこまで強くなっていけるのかを体で知ってみたいとすごく思ったのだ。

 ちなみに走行データなのだが、乗っているうちにどこかでサイクルコンピュータ、SHIMANO FLIGHT DECKの車速センサーがずれてしまってパルスを拾えなくなったため正確なデータがないので省略する。

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