2007年5月 8日 (火)

君死に給う事無かれ。

 さっき遅い朝食を採りに食卓に行ったらラジオは大沢悠里の番組で、毒蝮三太夫がスーパーマーケットで喋るコーナーだった。斜めに聞いていたのだが、どうも誰かが亡くなったらしい。ただ途中からなのでよく分からない。ただ、「ウルトラセブンが…」というような会話が聞こえる。なんだろう?え?まさか、警備隊の誰か?

 そのまま聞き続けても今ひとつ分からない。ふと気づいて新聞の訃報欄を捲った。ソガ隊員の顔が、そこにあった。なんだか頭をハンマーで殴られたような気がした。
 紙面には死因等は出ておらず、告別式の日取りのみ。その間流れて来るラジオの会話に耳をそばだてていると、「滝壺が」「靴がそろえてあった」…。
 二重にショックだった。それが「なんで」かということには二人とも思い当たる節はないようだったが、自殺…。

 モロボシダンを除く男性警備隊員の中ではソガが一番好きだった。飄々としていて、おとぼけで。初期のシリーズ中最も「人間の業」を描いたとも言えるウルトラセブンは、ともすれば暗い雰囲気になりがちだった。そこに一服の清涼剤のように在ったのが彼だったような気がする。もちろんそれは演じている架空のキャラクターに与えられた設定ではあるのだが、その彼が…。
 
「癌になったり大怪我をしたりして、たとえどんなに苦しくても、人間は生まれてきた以上命ある限り生き続けなきゃいけない責務を負っている。」

 毒蝮が言った。
 その通りだと思う。我が身を省みて殊に。
 その理が見えなくなるような事は、ある。信念を持てなくなる瞬間も。でも、それでもこういう想いが頭の片隅にあるからなんとか生きていける。でなけりゃ俺なんてとっくにどこぞでくたばってるに違いない。
 フルハシ隊員として阿知波信介と共演し彼が俳優を引退しても朋友として長く付き合ってきた毒蝮の悲しみと、何も言わずに逝ってしまった親友への怒りにも似た想いが痛いほど伝わってきた。

 生きてさえいりゃ、笑える日も来る。死んじまったら何もかもおしまいだ。
 でも、一つだけ言い足したい。
 本人は、そこでおしまいになるかも知れないが、遺された者はどうなる?
 最も愛する人を助けてあげる事すら出来なかった事は、生涯血を流し続ける傷になるのだ。
 だから今、この拙文に出会った方がもしも絶望の淵にいるとしたら、ひょいと身を投げてしまうその前に、どうかお願いだからその事をちょっとでも思い起こして欲しい。
 生き続けるのは、時としてより辛い選択である事は骨の髄から知っている。けれども。
 死ぬのは今日じゃなくても明日出来る。夜が明ければ明日はまたやってくる。でも今日死んでしまえば明日は二度と来ない。
 本人にも、遺されし者にも。

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 既に死を決意してしまったとしたら、実行する前に、誰かに話を聞いて貰って下さい。最後のSOSを発信して下さい。自分はたった一人だと思いこんでいるかも知れませんが、そんな事はありません。あなたを大切に思ってくれている人が、必ずいるはずです。ただ、今はそれが見えていないだけ。
 最後の力を振りしぼって、助けを求めて下さい。
 もしも誰一人思い浮かばなければ、「いのちの電話」でもいい。
 自分一人だけで結論を出さないで下さい。

 「あの時死んじゃわなくてよかった」と思える日が、いつかきっと来ます。

全国いのちの電話のご紹介
http://www.find-j.jp/link.html

ソガ隊員役 阿知波さん自殺か
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=207398&media_id=2

時事ドットコム:元俳優阿知波さん、自殺か=「ウルトラセブン」隊員役-鹿児島
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2007050700790

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2007年1月11日 (木)

【現地レポート】新宿渋谷バラバラ殺人頭部遺棄現場

「新宿バラバラ殺人の頭、ね、芹が谷公園で出たんだって!」
と車で送りしなに母が唐突に言った。こちらは起き抜けで頭がボケてたんで
「ハァ?」
返すと子細を教えてくれた。昨晩23時位に町田からチャリで帰ってきたがそんな騒ぎがあったなど露知らず。

 で、帰りに野次馬根性丸出しで、版画美術館駐車場に車を止めてとことこ歩いて行ったのだけれど人気はそんなに無く、野次馬も報道も少なく、普段通りに子供や犬を散歩させてる主婦ばかりが目立っていた。
Nec_1036  こんなところで遺体の一部が出たとは、にわかには信じられないほどのどかな情景。
 広場のあたりに、遠巻きにしてTVのレポーターとカメラがいたからしらばっくれて、

「何かあったんですかあ?」

と問うたら向こうも撮りの準備で慌ただしかったので、

「バラバラ殺人の頭が出たんですよ。」

 言葉少なに答えた。

「えっ!?どこですか!?」
「あの、ホラ、ブルーシートの所。」
「えー、分かんないなー。」

 ビデオカメラマンが、レポーターに囁く。

「あれ。ほら、トンカチと傘。回すよ。喋って。」

Nec_1038  ありゃ、本番か。一発撮りだし邪魔しちゃ悪いな。
 撮影を始めた彼らを尻目に、パトカーが一台止まっていて周囲に鑑識らしき警察官がわらわらと居たのでその辺だろうとアタリをつけ、それにしても何だってあんな100mくらい離れたところから望遠で撮るんだろうと思いつつさらに近づく。すると公園を二分する道路への崖のような斜面にブルーシートが張ってある。もう鑑識官は目と鼻の先。あまり近づいて写真を撮ると「消せ」などと言われかねないので全景が入る位の距離で一枚。再びしらばっくれて

「何かあったんですかあ?」
「あったんだよ。」
「えー、なんですー?」
「んー、大事件。」
「っていうと、殺人とか?」
「まあ、そう。新聞ででかでか出てたでしょ。」
「やー、起き抜けなもんで。でもこんなとこで殺人事件ですかあ?」
「いや、事件は、都内。随分報道されてたでしょ。」
「事件、ありすぎて…。」
「新宿のね、事件の、遺体の一部がね。」
Nec_1039 「あーっ!! あのバラバラ!?(極力自然な演技で)」
「そうそう。」
「へぇー。…っていつ見つかったんですか?」
「昨日のね、夜。それからずっとだよ。大変だったよ。夜中にヘリとかいっぱい飛んでるし。」
「はぁ~、全然知らんかった。ところであの階段(ブルーシートの張ってある方を指して)、登れるんですか?」
「いやぁ、こっちはダメなんだよ。あっち(反対側)から行ってよ。」
「そうっすかー。でも立ち入り禁止のテープとか無いですけど…。」
「広すぎてね、カバーしきれないの。」

 見渡すと、鑑識の制服組と一緒にスーツを着て腕に腕章をしている男性がいたので、『あれー、報道かなー。でもさっきのやつらえらい遠巻きにしてたしなー。』とよくよく腕章を見ると『捜査』とある。あ、刑事かぁ。
 そのままその鑑識官と立ち話をしていたら同じ制服の二人連れがなにやら大きな透明ビニール袋を下げて移動してくる。見ると袋は二つで、ひとつにはビニール傘、もう一つには大振りなトンカチが入っている。間違いなく遺留品だろう。だが、もしそれらが袋詰めされておらず例えば一般家庭に何気なく置かれていたとしたら犯罪の匂いなど全く感じないような代物だ。ただ、トンカチは家庭で使うにはかなり大振りだったのが違和感と言えば違和感か。とは言えどちらも特に古びても真新しくも感じないただの実用品という感じだ。
 僕が立ち話をしていた彼は「(忙しいから)もういいかな?」というニュアンスのことを言ったので、あまり邪魔しても何だなと踵を返した。再度報道のところまで戻ってきたら、

Nec_1040「ちょっと、お話、いいですか?」
「ああ、いいっすよー。」

マイクとカメラが僕の方に向きインタビューが始まった。こういうときってレポーターに向き合うのかカメラ目線にするのか、どっちが正しいんだろう?

「何か、見えました?」
「なんか、トンカチと…。あれ?なんだっけ?(いきなりど忘れした)、あ、さっきトンカチと何とかがどうこうとか言ってませんでした?」
「傘が…。」
「ああ!そうそう。傘!ビニール傘!」
「どんな感じですか?」
「どんなって、普通のですよ。」
「錆だらけとか、そういうのは…?」
「いや、ごく普通の、どこにでもあるやつ。ただ、なんかトンカチ結構でかかったですねえ。」

 そっかあ、この距離からだとよく分からないんだろうなあ。
 その後、公園に関する子細を色々と問われた。

「どんなところですか?ここ。」
「普通の公園ですよ。」
「夕方6時で閉まるって聞いたんですが、その後出入りは出来るんですか?」
「出来ますよ。閉まるって言っても完全閉鎖されるワケじゃないし、単に管理人が上がるからとかそういう感じじゃないですか?」
「そうですか。夜の公園って、どんな感じです?」
「そうですねえ、僕も人づてで聞いたんでよく知らないですけど、夏場になるとホラ、ここ(広場)にやんちゃ小僧が入り込んで花火やったりとか、そういう迷惑行為をしてるってのはよく耳にしますね。ただあんまり僕、一人でここ夜来ないし(と、これは正確さを欠いていることに後から気がついた。よく考えてみれば終バスが終わった後徒歩での帰宅の時はよくここ通るんだっけ。自分、男だからいいけど女性一人じゃ怖いと思いますよ…って言い添えとけばよかった)。楽しくないですもんね。彼女とかいれば別ですけど。」
「すると、通行なんかは自由なんですか?」
「ええ、そっちとかあっちとか、階段あるでしょ。駅から帰ってくる人達が通り道にしてることはよくありますよ。それにしても、都内に住んでる人がよくこの辺に土地鑑ありましたねえ?」
「…。この芹が谷公園って、有名なんですか?」
「まあ、地元ではね、それなりに。ほら、そこに国際版画美術館とかもあるでしょ?」
「わざわざ都内の人がここまで来るって言うのは…?」
「そこまで大した公園じゃありませんよ。大体(容疑者)渋谷でしょ?ってこたぁ下北沢で小田急に乗り換えてって感じですよねえ。そうまでして来ないと思うなあ。そのまま井の頭線乗って井の頭公園行く方が普通じゃないですか?」

 そう言うやりとりをしていて、どうして彼らがこんなに遠くからレポートしているのかようやく飲み込めてきた。規制線は張っていないが、おそらく警視庁サイドからの要請で「これ以上近づくな」ということだったらしい。そういうことを考えると、『何も知らない(と装っている)地元民』だからこそあそこまで近づくのかなとふと思う。報道サイドとしてもそういう事情なら、間近まで寄れた一般人に現場直近がどうなっているのかを聞く価値があると言うことなのだろう。

 遺留品についてはかなり関心が高いらしく、何度も問いかけてきた。とは言っても上述の通り、それそのものが犯罪の影を匂わせていなかったので、こちらとしても『どこにでもありがちな普通のトンカチとビニール傘』としか答えようがなかった。話をするうち、頭部は穴を掘って埋めたらしいのだが遺留品は放り出してあったようなことを言う。えー?それってなんかおかしくないかぁ?それに穴掘ったって、階段脇はほとんど崖みたいなものである。よくあんなところに穴掘ったもんだなあ。いくら夜人通りが非常に少ない道だと言ったってあそこでそんなことしてるの目撃されでもしたら…、どう考えても危なすぎる。

「殺し自体は衝動的でも、バラバラにして各所に捨てるんだからいろんな意味でこのテの事件って計画性ありますよねえ?こないだの妹殺しでもそんな感じだし。それにしちゃあえらい杜撰ですねえ。」
「そうなんですよ。こちらも最初は『劇場型犯罪』って見方だったんですが…。」
「ゲキジョウ? 激情じゃなくって?(笑)」
「ああ、後者です。」

 まあ容疑者が逮捕されて間がないし、まだ全容というのは掴めていないらしい。

「それにしてもこれだけの大事件なのに妙に報道、少ないですね(実際2~3クルーくらいしかいなかった)。」
「ああ、それはですね、ここで頭部が発見されたから逮捕…というより、容疑者の自供から…、というかでここに埋めたのが分かったという感じなので。」
「え?じゃあ、逮捕後なんですか?」
「ええ『逮捕』というか…、まあ供述で。それで、こういう事件だとやっぱり遺体発見よりも容疑者逮捕の方に取材が集中しますので。」

 なぁるほどぉ。それがこの大事件と、未だのどかさを漂わせている公園の雰囲気との微妙なミスマッチなのかー。

「ところでこういう女性、この辺りで見たことないですか?」

 彼が携帯電話の画面を見せる。容疑者である妻は30代とのことだったが、なぜか高校の制服姿だ。一瞬、「共犯?」と思ったりもしたのだがどうやら当の本人らしく、要するに今のところ写真が卒業アルバムからのコピーしか入手できていないということだろう。よくよく見たが、これが何の変哲もない女子高生である。もう少し言えば地味で人混みに入ったら群衆の一人としか思えない顔だ。

「んー、すっごい美人とかだったら、すれ違っても覚えてると思うけどねえ…。これじゃぁ…。」

 ただその写真を見ての直感的第一印象としては、「なんだか、ちょっとキツそうなコだなぁ。」と思ったのは事実である。。
 都合10分ほど取材を受けてじゃあこの辺でと言う時に、肝心なことを言うのを忘れていたことに気がついた。

「局、どちらですか?」
「テレ朝です。」
「スパモニ?」
「いえ、報道なんで。」
「じゃ、夕方(筆注:『スーパーJチャンネル』)とか『ニュースステーション』だ?」
「今は『報道ステーション』ですけどね。」
「へー。僕、出たがりなんでモザイクかけなくていいですよ。」
「助かります。やっぱりモザイクかけちゃうと今ひとつ信憑性が薄れちゃうんですよねえ。」
「じゃぁ夕方と夜は留守録かけときますよ。」
「使われるとは限りませんけどね。」
「いいですいいです。こんなことでデビューしようとか思ってないから(笑)。」

 ところで余談ではあるけれど、インタビューに答えるのも口から先に生まれてきた僕としては全然苦にはならないのだが、少なからず映像をかじっている僕としてはそれ以上にカメラマンが使っているENG(いわゆるハンディビデオカメラ)が気になったので、

「それ、機材、なんですか?」

と聞いたら、SONYのHDCAMだと言う。
 あー、今は報道系のENGでもHDCAMなんだぁ。いいなぁ。使ってみたいなあ。っていうより欲しいなあ~。あ~HDなカメラ欲しいなあ…。
 そんなこんなで場を後にした。駐車場に向かう敷地内は、相も変わらずのどかなままであった。

 どんなに大事件でも、自分の親類縁者友人知己が関わっているのでなければ、所詮他人事だなー、と思いつつ車を出して家路についた僕である。

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2006年12月25日 (月)

JB、嘘でしょっ!嘘って言ってくれっ!!

Csjamesbrown4atlanta831031 【英文】
James Brown - Google News
Legendary Singer James Brown Dies at 73 - Forbes.com
cantonrep.com

【和文】
Google ニュース検索 ジェームス・ブラウン
JAMES BROWNが死去 - bounce.com [ニュース]

 ショック!
 御大が、ゴッドファーザーオブソウルが、天に召されてしまった!

 2006年12月25日午前1時45分。
 降誕祭に…。

 今年もあと数日、この先何があっても今の僕にとってこの訃報以上のものはない。

 思い出すのは10年近く前の赤坂BLITZ。オーディエンスのこちらが踊り疲れて足が攣りそうになっているというのにJBはぜんっぜん元気でパワー全開100%。すさまじかった。

 そう言えば帰りに一ツ木通りを歩いていたら、普段なら客引きがウザイのに完全スルーだったのが不思議だなあと赤坂駅のトイレで鏡の中の自分を見た時、「さもありなん」と思ったものだ。髪はぼさぼさ、汗だく、服もよれよれ。まるでリストラされてさまよい歩いてるサラリーマンみたいだったのだ。これじゃおねーちゃんも声かけるわけ無いなあと苦笑。
 もう一度だけでも、JBのライブに参加したかったけど、もうそれは叶わぬ夢なんだな。

 どうぞ、ご冥福を。
 

ジェームス・ブラウン(James Brown、1933年5月3日 - 2006年12月25日) 享年73歳

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2006年11月 6日 (月)

【ニュース】ニフティ、12月7日に東証へ上場--65億円調達しコミュニティ強化へ

 …というタイトルのニュースがCNET Japanに出てた。 「コミュニティ強化」って、遅すぎるでしょ。
 既にネットワークコミュニティの主役はmixiに取られてしまっているんだし、石化曇っていた資産のフォーラム・サークルを終了させる発表したことで今まで@niftyを使っていたコミュニティはこぞってmixiに流出(避難?)を始めてしまっているんだし。

 てっきりISP事業に特化するものだとばかり思っていたけどな。 今更何を考えているんだろう? さっぱり分からん。

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2006年10月17日 (火)

いじめ。 自殺。

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 いじめは、なくならない。 絶対に。 子供は、無垢に残酷だから。
 自分自身、(今の陰湿なものとは比較にならないが)いじめの対象になったこともあったし、ある意味では今のいじめと根は同じような気がするような「集団としての個人のいじめ風潮」に荷担していたこともある。 人として恥ずかしいと今では思うが、その頃はそんなこと考えもしなかった。 軽かった。
 ここ数日報道されていること、多分「いじめる側」にはそんなに深い理由はなかったのだろう。 ただ、みんながいじめるから自分も。 それそのものが歪んだ愉しみであったのかもしれないし、「そちら側」に立たなければ自分が「こちら側」に立たされる危機感があったのかも知れない。 あるいは僕がそうであったように深くは何も考えず。
 でも、いじめに遭う子供にとってはそれは絶対の孤独であり絶望だ。
 「いじめを認識していなかった」と教育者はよく言うが「気づこうとしなかった」のであり、また子供はいじめられているからこそ親兄弟にも装弾できずたった独りで抱え込み、そしてやっとものが言えるのは残された遺書でだけだ。 誰にも言えないのだ。
 そうした根深さを、教育に携わる組織や人間は本当に理解しているのだろうか。 いや、理解しようとしているのだろうか。
 いわんや、自らいじめの率先に立ったなど、教育者として、というよりも人として許されない人間が教壇に立つ、そんなことが教育システムとしても学校という社会システムとしても許されるだろうか。
 僕は、そんな悪意的な教師のいじめを受けたことはないけれど、結果として今でも心に傷を残しているような立場に立たされたことは幾度もある。 今にして思えば「何と心ない」と思うが、その時は絶対的に頼る(頼らざるを得ない)指導者から突き放されたり吊し上げられたりしたことは幼い心として「僕、どうすればいいの?」と途方にも暮れた。 大人であればある程度「この人は、こんな人」で割り切ることもできたのだろうが子供にそんな昇華を求めることはどだい無理である。
 そういうことがあって、冒頭にも述べた通り「いじめはなくならない」と思うし、そしてこれはどこかで言っておきたかったのだが僕にとって「世界で一番信頼できない人種」は教師なのだ。
 世渡りの方便として「先生」と呼称することはあるかも知れないが、僕は教師であると言うだけでどうしても色眼鏡というフィルターを掛けてその人を見てしまう。 もちろん、世の中には素晴らしい教育者は数多いるのだろうけれど来し方そうであった僕はどうしても教師という人種を無条件に信頼することはできない。

 そういう、今の教育社会やプログラムに関する問題と自分の経験をない交ぜにして書いてしまったが、本当に問題なのは今この瞬間も「今日こそ、死のう。」と思っている子どもたち~いや、子どもたちだけではないな~が大勢いるという確かな現実で、そしてそれをどうやったら死なせないで済むのか、「生きていてよかった。」と思って貰えるのか、それをこそ真剣に考えて行動しなければいけないと言うことだと思う。

それを、保身を是として捏造した報告をするなど、最早人間の風上に置けない。

■2年生自殺の三輪中、いじめ7─8件を「0件」と報告(読売新聞 - 10月16日 22:02)
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20061016it14.htm

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2006年9月15日 (金)

松本智津夫死刑確定

 ついにオウム真理教(現アーレフ)の教祖であった麻原彰晃こと松本智津夫被告の死刑が確定した。 詳細は各メディアの報道をご覧頂くとして、この事実について思った事を少し述べたい(mixiに載せた日記に加筆)。

 彼が行った事からしても、法定内・法定外闘争の戦略からしても当然の結末なのだろうけど…、結局、本人の口から真実もあるいは抗弁も語られる事はなかった。 被害者やその遺族等が最も知りたかった事は何も分からない。
 その事を考えると何だかとてもやりきれない。
 松本は全ての人間を侮蔑し嘲笑いながら死刑台に上がるのだろうな、と個人的は思う。

 もう一つ、これは逮捕された当初から思っていたのだけれど彼は刑に処される事で信者にとって殉教者、もっと言えば聖者として位置づけられてしまうのじゃないだろうかという危惧がある。 そうした死が後の宗教や信仰者にどのような影響を与えるかはキリスト教の歴史やイスラム原理主義の現在を引くまでも無く明らかだ。
 先日、アーレフ現代表の上祐史裕代表がNHKの単独インタビューを受けていたのを見た。 併せて教団の現状をリポートしていたが、今教団は松本と距離を置こうとする派(上祐派)とあくまで彼を信仰する派に割れているという。 その結果として上祐派は現教団との離別をも視野に置いているようではあるが、インタビューを見る限り彼とても未だ松本と訣別出来ているわけではないし対立派は言わずもがなである。
 数々の事件を連続して起こした頃ほどの勢力は、今は削がれているだろうが思想的に先鋭化した宗教集団はある意味でさらに危険である。
 そうした尖ったナイフを「殉教者」はさらに研ぎ澄ますことにならないだろうか。 その意味では松本智津夫は「勝った」のかも知れない。

 僕は、オウムとあらゆる意味で接点を持った事は一度もない。 しかし、例えば道を歩く時にいつもは右側を通るところを今日は左側、としていればそこに彼らがいた。
 後のサリン製造者は同じ高校の一つ上のフロアで授業を受けていたし、それが散布された地下鉄サリン事件の現場に居合わせ日本の報道史上に残る一枚の写真を撮影したある人物は彼の隣のクラスであり、又僕の部活の先輩でもあった。 それと知らずに秋葉原で受け取ったパソコンの広告はマハポージャ、そして当時教団第2位にいた村井秀夫が殺害された東京総本部は大学からの友人宅からわずか5軒を置いた場所にあった。
 これらの事を知ったのは、全て事が公になった後である。

 僕にとって宗教という存在は遠いが、この奇妙なニアミスを振り返る時その実在はすぐ身近にあるのだと実感した。 そして、自分では知らずに踏み板を踏み抜いていても不思議はなかったとも。

 タイプに任せていたらとりとめのない文章になってしまったが、この件について何か一つ自分の思った事を言いたかった。

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2006年2月24日 (金)

おめでとう! 荒川静香!

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 観客を魅了するというのはまさにああいうパフォーマンスを言うのだろう。
 おめでとう! 荒川静香! そしてありがとう!

 #コーエンの得点は納得いかないけれど。

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2005年10月27日 (木)

『『iPod』を「自粛」できないマイクロソフト社員たち』

『iPod』を「自粛」できないマイクロソフト社員たち (HOTWIRED JAPAN : 2005年2月2日 2:00am PT)

 たまたま拾った記事でちょっと古いのだが、とても面白かった。

「三菱系の企業では三菱自動車の車で無ければ社員駐車場に止められない」

とか、

「日産系の工場の納品には日産ディーゼルのトラックを使わなければならない」

みたいな(真偽のほどはともかく)ことは、いかにもニッポン会社社会を象徴するエピソードだと思っていたけれど、アメリカの、しかもPC事業の最先端を行くMicrosoftでも同じようなことがあるのね。

ある上級マネージャーは、匿名を条件に、「携帯型の音楽プレーヤーを所有するマイクロソフト社の従業員のうち、約80%がiPodを持っている。とんでもないことだ」と語った。

とのことである。 詳細は記事をお読み頂くとして、経営側の懸念は確かに分かる。 というのは、米リオ・オーディオ社、ソニーなどのメーカーの多くが音楽プレーヤーにMicrosoft社のソフトウエアを使用しているにもかかわらず、

だがアップル社によると、iPodは携帯型プレーヤー市場の65%を占め、『iTunes(アイチューンズ)ミュージックストア』はオンライン音楽販売の70%を占めるという。

という状況は確かに同社にとって深刻な問題であろうし、ましてやその社員ですら自社製品搭載機ではなくiPODを選択するという現実であれば、

 これに対して、ウィンドウズ・デジタルメディア部門責任者のデイブ・フェスター氏は、回覧メールの閲覧者たちに短い返答を送信した。「私は、iPodを買っているのがマイクロソフト社の従業員ではないと断固思いたい。われわれには素晴らしい製品がある。Experience Moreをチェックするように」

 15分後、フェスター氏は訂正のメールを送った。「私はいったいなにを考えていたのだ。マイクロソフト社の従業員は、iPodもマックも『プレイステーション』も買っていないことを、私は確信しているのだ

とうろたえる気持ちも分かる。

 僕も4GなiPODユーザであるが、iTUNESと併せて使い込むほどにこの製品がいかにすぐれたものであるかということを購入してから1年以上経っても日々実感する。 実際後続のHDD(でなくてもいいが)デジタル音楽プレーヤ、特にiPODと競合する製品を見るにつけ、「こんなもん使えるか!」と思う。

前述のマネージャーは、iPodについての覚え書きが繰り返し出され、ときには論争にまで発展しているにもかかわらず、iPodを使用していることを隠すかどうかという問いに、堂々と見せびらかしていると答えた。

 「そうすることが経営陣の気に障るかどうかなど、実際どうでもいい。やり方がまずい理由を説いてやるさ。iPodを使わせたくないなら、まともに動く使いやすい製品を出せばいいのだ」と、このマネージャーは述べた。

 物事の本質を考えると、その通りだと思う。 あの超強力なキラーコンテンツ(コンテンツ…ではないか?)に対してロールバックできる商品をリリースできない同社が悪いのだ。 いくらIT世界の巨人といえども、社員に規制をかけるようなことなどでは事態の根本的解決は出来ないのである。

 僕はマカーと呼ばれるような類の人種ではないが、ことデジタル音楽プレーヤ(それはiPODにしても、これと完全にシームレスでリンクするiTUNESにしても)に関しては、Apple社のソリューションは完全に他を圧倒しているし、現在の所ベスト・オブ・ベストな選択だと思う。

 なにせiTUNES STOREのおかげで40年弱生きてきて初めて演歌の楽曲(坂本冬美・『夜桜お七』)を購入してしまったくらいである。

 先般とうとうVIDEOに対応した5Gが発売されたわけだが、音楽・画像・映像を一元的にシームレスに扱え、なおかつネットワークによるコンテンツのダウンロード購入まで一つのソフトウエアで出来てしまうのだからこれほど魅力的な商品はないと思う。

 よく、ある登録商品が同種の製品群の代名詞となることはままある~たとえば電子ピアノが一時期みなエレクトーンと呼ばれていたように~。 こと音楽プレーヤに関して言えば、どこの製品だろうと皆「ウオークマン」とこの20年来は言っていたと思うが、デジタル時代に入ってそのSONYは完全に市場の支配に立ち後れ、そのうち
「ちょっとそのiPOD聴かせて!」
とネットワークウオークマンを指して言われてしまいそうな勢いだ。

 栄枯盛衰とはよく言ったものである。

 あのMicrosoftがそんなことを言いだしたということは、企業としてレガシーになりつつあるのかも知れない。 現在の所、パソコンと言えば世界のコンシューマユースの8~9割はWindowsを使っていると思うのだが、10年先にMicrosoftが他社に吸収合併されていないとは誰にも言い切れないのだ。

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2005年10月15日 (土)

iPOD for VIDEO

 徹夜明けでヘロヘロになって帰ってきてメールチェックをしたら、Appleから次のメールが届いていた。

「新しいiPod。音楽、写真、今度はビデオも。」

 おお! とうとう来たか! 待ってたぜ!

 iPOD Photoが出た時には
「こんなんいらんわ。 4G買ってまだ一年も経ってないし、どーせすぐiPOD VIDEOが出るに違いない」
と思っていたので興味もなかったのだが、待てど暮らせどなかなかVideoが出ない。 一説にはスティーブ・ジョブズはiPODにビデオソリューションはいらないとか言ってるなどという噂も聞いたが、やはり映像に対するニーズが高いと言うことなのだろう。 まあAppleのことだから、ただ出したいから出したということもあり得るのだが。

 ちなみに、この製品の紹介はこちら
 http://www.apple.com/jp/ipod/ipod.html

 ここをざっと見てみたのだが、新しいビデオ機能に関する記述が少なすぎる。 QuickTime roを使ってビデオをエンコードするとのことなので、おそらくMPEG4なQickTimeムービーなのだろうが(…と書いて仕様書を見たらH264とMPEG4の両対応だった)、エンコード方法を書いていないので、どの程度の楽さ加減なのか、エンコードしたファイルの管理とiPODとの連携はどうなのか(例えば、iTUNESでの音楽のように、CDを入れれば勝手にリッピング&エンコードしてさらにライブラリに登録され、シームレスにiPODとシンク出来てしまうというようなお手軽さがあるのか)というような事に一切触れていない。

 常識的に考えればQuickTime Proは単なるエンコーダーなので、(持っていないので子細はしらないけれど)素材ビデオをいちいちエンコードして、それを手動でiPODに入れるということなのだろう。 それはPhoto機能の方でPhotoshop ElementsやPhotoshop Albumを使えば簡単に画像アルバムの連携が出来るとあれだけ喧伝しているのに対しビデオの方はほとんど何も書かれていないことからも想像できる。

 まあそれならそれで、多少手間なだけなのだが、実際の所一番の問題は、素材ビデオ(一般的にはMPEG2ファイルが一番多いだろう)をQuickTimeにエンコードするのにどのくらい時間がかかるのかというところだ。 もちろんこれは使用しているコンピュータの性能に依存するから一概には言えないのであるが、あまりに時間がかかるようなら、昨夜留守録しておいたTV番組を、家で見る暇がないから電車の中で見よう、などという使い方には全く適さない。 これが例えば2時間の番組を5分や10分でエンコードできる、というならさほど大きな問題ではないだろうが1時間もかかるようならかなりかったるい。

 一番いいのは、TVキャプチャボードなりハイブリッドビデオレコーダなりがiPODに最適化したQuickTime形式のエンコードをMPEG2リアルタイムエンコーディングと同時に行ってくれることなのだが、おそらくもちろん現段階ではそのようなソリューションは存在しないだろう。  ただ、MPEG4対応なら、PanasonicのDIGAのような一部のハイブリッドレコーダではしているか。 キャプチャボードではどうなのだろう? ちょっと調べてみたら、今使っているCanopus MTV2000用の拡張ソフトウエアであるX-TranscoderのCODEC設定ではMicrosoft MPEG-4 Video Codec V1とMicrosoft MPEG-4 Video Codec V2には対応しているがH264には対応していない。 もっともQuickTimeProをインストールすればCODECも一緒に導入される可能性もある。 そうであれば、タイマー録画してそのままバックグラウンドでiPOD用のファイルにトランスコードすることも可能となる。

 なんにせよ、iPODがビデオ対応してくれたことは素直に歓迎したい。

 しかし、である。 今回のモデルチェンジで大いに不満なことがある。 それは、筐体がスリム化されたことだ。 可搬性を考えれば薄いに越したことはないのだが、その筐体で内蔵するハードディスクは30GBと60GB。 今僕が持っている4GなiPODが40GBだから、大きい方は+20GBで、薄型化して容量増にはなっている。 しかしながら、いくら高圧縮されたフォーマットとはいえビデオを扱うのなら、より大きなハードディスクを搭載するべきではなかったのか。 4G/40GBと同じサイズの筐体で100GBの容量を持っていれば、かなりの余裕が出たはずだ。 実際今4Gを使っていて「厚くて困る」というようなことは全然感じない。 もちろんこれは主観的要素であることは理解しているが、「より大きな容量」と「よりスリムな筐体」を秤にかければ前者の方が、少なくとも僕にはプライオリティが高い。

 もうひとつ、これは不満ではないのだが、デジタルI/OがとうとうFireWire (IEEE1394)が廃されてUSB2.0のみとなったことは「Appleと言えばFireWire」と言う印象が強かっただけに驚きだ。 先発する iPod shuffleやiPod nanoは既にそういう仕様になっていたが、これはモアスモールなモデルのみの対応かと思っていた。 Windowsへの対応を考えれば一般的にはバスパワー供給が出来ない4pinのIEEE1394しか搭載されないPCがほとんどである事を勘案すればUSB2.0への対応…というか4GまでのようにFireWire/USB2.0両対応は必須だったのだろうが今やMacにもUSB2.0が標準搭載される時代である。 無駄にハードウエアリソースを並立させることはコスト的にもサイズ的にも不利だと言うことであろう。

 とりあえず、今のところ懐具合を考えてもビデオ対応第一世代というリスクを考えても「ちょっと待ちかな」という感じなのだが、いずれにせよそのうちビデオ対応モデル(個人的にはiPOD MOVIEと言って欲しかったが)に乗り換えることになるだろう。 その時困らないように大事なコンテンツはH264にエンコードしておくか。

 あ、その前にQuickTimeProを買わなきゃいけないのか。 まあ3千円くらいだし、ビデオ制作の上であった方がいいものではあるので買っとくか。

 メディアのニュースに関しては、とりあえずこちら。
 http://ascii24.com/news/i/hard/article/2005/10/13/658515-000.html

 iTunes もビデオに対応してVer.6がリリースされるのね。 さらにiTunes Music Storeで動画配信かあ。 ここまでやるならまじめな話、いいかもね。 ただStoreは日本では日本レコード協会や書くレコード会社が抵抗勢力になってサービス開始が大幅に遅れたしなあ。 二の舞を踏まなきゃいいけど。 

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2005年6月 2日 (木)

つーか、ねぇ。

渦中の会社のアンタがやるからニュースになるのだよ…。

JR西運転士、ドリフト暴走容疑 大阪府警が逮捕 

リンク: Google 検索: ドリフト 西日本.

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和田サン2審判決

救いようがないとはこのことですな。

リンク: @nifty:NEWS@nifty:「スーパーフリー」和田元代表の控訴を棄却…東京高裁(読売新聞).

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2005年5月 1日 (日)

JR西日本 尼崎・列車脱線事故 について思う。

まず、この痛ましい事故の犠牲となった方々とそのご遺族に、市井に生きる一人として心より哀悼の意を表する。

そして、生き残ったが心身に大きなダメージを追った方々、また事故自身とは間接的な関わりながらそれを目の前で目撃することになってしまった地域住民の方々においては様々な方面から最大限のケアがなされるべきかと思う。

さらに、一人でも多くの人を救うべく必死の努力を続けた救助隊諸氏についても最大限の敬意を払うと共に、この凄惨な現場を正視しながらそれでも職務に徹さねばならなかったことはどんなに辛かったか想像するに余りある。

重ねて心より、自分の心に正直に、無念にも亡くなられた犠牲者にご冥福をお祈りし、また心身に計り知れない傷を負った方々が一日でも早く癒されて欲しい。

今回の事故に関し、原因の解明にはおそらく相当の時間を費やさねばならないだろうが、マスコミでもよく語られているとおり、この事故については発生したその直接的な原因と、それを生じせしめさせた間接的な原因の両面のつながりが徹底的に検証されなければならない。

確かにオーバースピードで列車を運行した運転士が「直接的に乗客を殺した」事は事実である。 だが、なぜ彼が「そうしなければいけなかったのか」というメカニズムの解明と、事故の本質的な責任の所在を明らかにすることこそが今事故調に最も求められることではないだろうか。

まだ、情報量の少ないところでの私見に過ぎないが、僕は責任の所在は運転士という個人に帰せられるものではなく、利潤と人命を天秤にかけるという、最もしてはいけないことをしたJR西日本という組織およびその体質にあると思っている。

「水と安全はタダ」

だった時代はいつの間にか遠い昔となってしまった。
この世にひとつしかない命、それを預かり最も優先しなければならないはずの組織が、その命をリスクにかけて利益を追求する。

いつからこの国はこんな国になってしまったのだろうか?

この事故だけではない。
言われ無き殺人や暴力、幼児・児童虐待、性的暴力…。

いつからこの国の、人々の命や人権は紙屑のように軽くふわふわ漂うものになってしまったのだろうか?
そして、この国は、これからどうなってしまうのだろうか?

それを思うと僕は暗澹たる想像しかできない。

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