2007年5月 5日 (土)

【ポタリング】相模野基線を訪ねる。

/* またまた長文&mixiマルチポストですまぬm( )m */

【コース】
自宅-行幸道路境橋セブンイレブン(待ち合わせ)-鹿島神社-町田駅南-若松二丁目-大沼-木もれびの森内散策-一等三角点「下溝村」-国立相模原病院-相模が丘五丁目-四等三角点「基線中間点」-相模が丘二丁目~四丁目-ひばりヶ丘一丁目-一等三角点「座間村」-小田急南林間駅-大和市下鶴間ふるさと館-グランベリーモール-つくし野-ジョリーパスタ成瀬店-自宅

【データ】
自 転 車 :RITEWAY JAPAN "TIDY"
同 行 者 :たつS
タ イ ヤ:KENDA 50/100-8 20B (12 1/2 x 2 1/4)
ホイール :F= JALCO 6061 ALLOY 12" x 203 / R= XRIMS Z100 + SHIMANO INTER3 HUB
ギ    ア:52x13(Low(x0.733),Nid(x1),Top(x1.36))

走行時間:2:11:37
走行距離:26.31 km
平均速度:11.9 km/h
最高速度:42.4 km/h
獲得標高:621 m
消費熱量:1681 kcal
天    候:快晴
平均気温:30 度C
体    重:79.4 kg
体脂肪率:29.2 %

【テキスト】
 明治15年、僕の自宅から西方約6kmをほぼ中心として、北北西から南南東の方向に、長さ5209.9697mの直線が引かれた。この直線は「相模野基線」と称されており、今日、あなたが、僕が日常何の気なしに使っている日本国地図を、明治政府が初めて三角測量で作った時の文字通り基となる線である。
 より具体的に言えば二つの一等三角点~当時の神奈川縣高座郡下溝村に設置された「下溝村(相模野基線北端点)」と同高座郡座間入谷村~に設置された「座間村(相模野基線南端点)」を結んだものだ。もちろん実際に地面に線が引いてあるわけではないがこれ無しに我が国の近代地図はスタートしなかったと言っていいほどの重要な線分なのだ。
 とは言え、自転車おでかけのモチベーション作りに三角点を訪ねるようになってしばらく経つというのに(これは友人のInagaki,Mさんの影響が大きい)、その存在を知ったのはつい二月と前ではなかった事は恥じ入るばかりであるのだが、何故知ったかというと、3月に仮眠症、引いては睡眠時無呼吸症候群を疑われて北里大学病院に罹った時、待ち時間で暇をもてあましていたのでハンディGPSに入力されていた近隣ポイントを適当に巡って行き着いてみたらそこが北端点だったという次第で、そこで碑文を読んだり帰ってからwebを閲覧してみてその重要性を知ったわけである。ちなみにこの北端点は相模原の市史跡となっている。
 さて北端があればもちろん南端もあるわけで、さらには測定精度向上のための基線中間点も存在する。せっかく近所にこんな近代地勢史の遺物(しかも単なる遺物ではなく、現代もその役割は厳然と生きているのだ)があるならば、この線分を辿ってみたいと思うのは当然の理だろう。
 しかしながらあまりに身近すぎ、なおかつサイクリングとしては距離も中途半端なのでなかなかできずにいた。ところが昨日の三浦半島一周で受けた足のダメージがなかなかキツく、せっかく元々の予報に反して晴れ上がったというのにちょっとロングライドはキツいなという塩梅で、ならば疲労抜きを兼ねて相模野基線ポタリングをしてしまえとなったため今回の基線巡りが実現した。
 とはいうものの、レーサーを使えばあっという間に終わりそうだが、それで独りで行くのもなにか味気ない。なので、朝も早からご近所の友人「たつS」さんをskypeで呼び出し強制的に参加させる事にした。
 氏は元自転車メーカーの社員であり、これも元が付くのだが都内で有名なショップで長く働いた経験も持っていたりするので自転車は5台くらい所有しているのだが、何故か10年くらい前に自宅を新築した際それらを自室のクローゼットにしまい込んですっかり乗らなくなってしまっていた。ところが最近Newtonという14インチの小径フォールディング車を手に入れたところ、昔取った杵柄に火が入ったのかカスタマイズに明け暮れるようになった。
 で、「今すぐ動く」のはこれのみという。僕は僕でレーサーで行くつもりは無かったのでMTBかやはりフォールディングなTIDYが選択肢なのだが、MTBはブレーキブラケットのパーツに最近破損が見つかり只今部品入荷待ち・不動状態なので必然的にTIDYになる。ということで期せずしてミニベロポタリング隊の出来上がり。
 12時くらいに、境川と行幸道路が交わるところにある境橋(こう書かないとこの川には同じ名前の橋がいくつもある)傍のセブンイレブンで待ち合わせ。メッセンジャーっぽいルーズフィットなジャージを上衣にしているとは言えバイクパンツ・ヘルメット・グラブという出で立ちな僕に対して、遅れて現れた氏は思いっきり「近所のコンビニに買い物に行ってきます」的なラフなスタイル。凸凹コンビ。
 自転車乗りに関してはかなり長いブランクのある氏は「付いていけなくなったら、遅れるだけだから」と言っていたがルートマップは渡したとは言えピンポイント的にはGPS無しにはなかなか行き着けないところでもあるので、努めてゆっくりなペースを心がける。…にしても平地で13km/h巡航くらいか。もちろんInter3で三段変速になっているTIDYのギアはLOWのまま。なんかこんなにのんびり走った事無いなあ。でも普段見落としてしまいそうになる周囲の風景が目に新鮮である。
R0013089  R16を横断して昭和橋に抜ける県道52号線を西進して右手に樹齢300余年の大ケヤキ群のある大沼交差点を過ぎると、この辺には多い「○○林間」という地名に相応しい森が左右に広がる。もっとも宅地化の余波を受け、その名残は本当にこの一角だけになり、尚今でも都市計画という名の下に森は薄く鳴り続けているのは誠に心寒い物がある。ここの森は「木もれびの森」と名が付いており、近隣住民のいい散歩コースとなっている。街道沿いに北端点を目指すのならもっと先を左折するのだが、せっかくなので道的にはショートカットとなる森林散策と洒落込む。本来ならこうした木立の下は下草や腐葉土、木の根等でMTBでないとつらいのだが縦横の踏み分け道は硬く踏みしめられているためミニベロでも何の苦も無い。とても暑い日だったのだがここだけは別世界で氏も「なんか、ランドナーの世界だねえ。」と喜んでくれた。

 森林を抜けて市街地に出るとすぐ相模原市麻溝台4丁目の基線北端点。ここは先に書いた通り市の史跡であることもあって一角が小スペースとなっており歴史の重みを感じさせる。

R0013109 R0013108 Rimg0705
R0013110 R0013112 R0013113 R0013115

 さて、ここから基線をそのままトレース…出来ればいいがもちろんのこと道はそういう風に付いていないのでGPSに設定したルートに従ってのんびり東南方向へ走る。この辺りは、どうも道の付き方が変で何十年も近隣に暮らしている割には全然地図が頭に入っていないので、GPSによるナビゲートは心強い。途中、国立相模原病院や米軍ハウスを横に見て進む。
 次に目指すは相模が丘2丁目の基線中間点。行幸道路、小田急線を渡りしばらく行ってこの辺かなー?と思いキョロキョロしたらいきなり目の前に碑の看板が立っていた。
Rimg0713_1 Rimg0719_2    それによると「基点位置右へ20M」であったのだがGPSに頼りすぎて妙に明後日な方向を探していたらいきなり氏が「あったー!」と叫ぶ。行ってみると、事前に調べた通り標石は路上のマンホール内。Rimg0717  どのサイトを見てもこのマンホールを開けた写真が載っているのだが、メンテナンスホールに指を突っ込んで持ち上げようとしてもびくともしない。普段ならこうした時のために小さなバールを持ち歩いているのだが生憎忘れてきた。しかし、もしそれがあっても何の用もなさなかっただろう事は明白だ。みんなどうやって開けたんだろう?悔しいのでGPSをマンホールの上に置いた写真を撮ってお茶を濁す。
 さて、残る南端点は座間市内である。住宅地から一瞬座間街道に出、カレスト座間(旧日産様工場)の先を右折してさらに宅地を南下。GPSによるともうあと100mも無いと言うところでちょっとした通りに出た。すると、目印とされる医院のビルが目の前。実はこの南端点はこの医院の敷地内にあるのだ。そうは言っても小径に沿う金塀のすぐ内側にあるはずだからと見て取ると、その通りにあった。 標石も、敷地外から触れるほどのところにあるし、 脇には碑文も建っている。

Rimg0722_1 Rimg0724_2

とはいえ私有地内なので、もしこの文章を見て基線巡りをされる方がいらっしゃるなら、法と最低限のマナーは守って頂きたい。
 さて、ここまでで自宅から実走距離で約14km。とりあえず用は達したのだが、事前に組んできたルートではこの後グランベリーモールに行って(町田の)高尾山に行く事にしていた。ここには「長津田村」という三角点があり、基線から起こされた三角測量の第一次拡張点でもある。僕は以前行っているが氏は獄近所に住んでいるというに訪れた事はないと言うからここも行っておきたいポイントだ。その前にまずグランベリーモールを目指して東進。すると小田急南林間駅に、文字通り突き当たる。右に迂回して踏切を渡り更に進む。大体どの辺を走っているのか、ここまで来れば見当は付くのだが細かいところは分からない。と、Y字路を合流したら左手に古めかしい黒塀と屋敷が。あれぇ?なんか見覚えあるな、ここ。坂を下りつつ気が付いた。この道は、今から20余年前大学の厚木キャンパスにクルマで行くのに、まだR246バイパスが全通してなかった時に如何に鶴間駅の渋滞を回避するか血道を上げて開拓した裏道ではないか。下りきると、信号のある四つ角。こないだたまたまここを車で通ってあれっ?と思っていたのだが、Rimg0735_1 その角に真新しい江戸時代の建物(言い方、変だな)が出来ているのを見つけていたのだ。そこで小休止。碑文を読むと江戸期までこの辺りには庶民へ法令を徹底するための「高札」を掲げた「高札場」があったらしくどうやらこの立派な建物と「告 云々かんぬん」という太政官令が掲示された 東屋はその

復元らしい。

Rimg0733 Rimg0731さらに周囲を見て歩いたら、ここは「大和市下鶴間ふるさと館」という施設になっているようだ。入場無料のようなので今度訪れてみることにする。
 ところで今いるここは住所で言うと「乙三号」という。地図で見るとこの近辺はみな「乙○号」であり、確認できたところ八号まである。住居表示改正された最近の住所は置いといて、古い地名にしてもなんか妙な響きだ。一体謂われはどこから来ているのだろう。そんな事を考えていたら氏が「ここ(今来た道)って、旧R246なんですよねー。」と呟く。え?あれ?そうなの?それは知らなかった。更に言うなら大山街道だ、と。Rimg0741 近辺にある大山阿夫利神社は大山詣でと縁が深いらしい。なるほど。言われてみれば道の付き方からしてそれも合点がいくところだ。大山街道はかなり後代の成立だが、最近ハマりだしている鎌倉古道との位置関係もあるし、これはひとつこの辺もフィールドワークしてみよう。それにしてもウチ近辺の鎌倉古道は、ごく一部の例外を除いて道幅以外の家並み等はほとんどここ20年くらいで建て替わってしまい風情もへったくれもないがこの旧大山街道はよく雰囲気を遺しているのが嬉しい。
 小休止を終え、さらに直進すると観音寺前の交差点に出る。ここも鎌倉時代からの縁起がある寺らしい。すぐ先で境川サイクリングロードを左折して東京女学館短大を右に見て横浜水道が境川を跨ぐパイプラインの手前を右折して鶴間公園を回り込むようにグランベリーモールに着き、モンベルクラブを冷やかしてお茶。
 「高尾山、どうする?」と聞いたら「いや、またの機会に」と返ってきた。とりあえず今日ここで僕が買いたい物は何一つ無かったのだが(持ち帰りの手間とかもあるし)、氏はNewton用にワイヤーロックを購入。小一時間ほど過ごして、デジカメのデータをもらうため氏の自宅へ回り、上がり込んでうだうだとやっていたら夕暮れになってきたし腹も減ったので辞去、あまり飲食店には恵まれない道すがらにあるパスタ屋でカルボナーラを食して家路に就いた。
 それにしても運動したという実感は全くないのだけれども、それでも26km走って1700kcalほどを消費していた。たらたら2時間ポタリングというのも、案外馬鹿に出来ないものだ。

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【ロード】三浦半島一周(ちょいズル)

/* 久々なもんで。超長文すみませぬm( )m */
/* おまけにmixiとのダブるポストです… */

【コース】三浦半島一周(ほぼ時計回り)

【都140(成瀬街道)】-貝の坂-【横浜上麻生道路】-西神奈川-【R1】-青木橋-【R15】-高島町-【R16】-横須賀-救急医療センター前-【R16】-走水-観音崎-かもめ団地-浦賀-夫婦橋-【県212】-開国橋-ペリー公園-野比-【R134】-三浦海岸-引橋-【県26】-城ヶ島入口-城ヶ島-城ヶ島入口-引橋-【R134】-三崎口-立石公園-葉山御用邸-【県207】-森戸-渚橋-【R134】-滑川-【県21(若宮大路)】-下馬-【県311】-長谷観音前-【県32】-大仏坂-南藤沢16辺り-【裏道】-遊行寺門前-御殿橋-【境川CR】-高鎌橋-新道大橋-大和橋-観音寺前-境橋-【県51(行幸道路)】-【都140(成瀬街道)】

【データ】
自 転 車 :RIDLEY DAMOCLES
タ イ ヤ:Michelin Pro 2 Race 700x23C
ホイール :MAVIC KSYRIUM SL
ギ    ア:50/34T 12-25T
走行時間: 7:41:27
走行距離:152.0 km
平均速度:20.3 km/h
最高速度:48.5 km/h
獲得標高:1799 m
消費熱量:4596 kcal
天    候:晴
平均気温:24 度C
体    重:78.6 kg
体脂肪率:30.7 % (乗車前は26.1%だったのに…。何故体重1.2kg減って体脂肪が3.3kg増えるんだ…。)

 当初は三浦半島の、特に剱埼あたりに多くある三角点を巡ろうと家を出たのであった。数えて15個。この前提からして無理がありありだと気づいたのは道程半ば。
 晴天の午前はとても気持ちが良く横浜~横須賀といい感じで進んだのだが、ロングも絶えて久しいというのに横須賀までの約50kmを、最大心拍の85%近辺で走るというのは明らかにオーバーペースだった。観音崎への緩い登りでいきなり足が売り切れている事に気が付いた。力が入らないだけならまだしも太腿が差し込むように痙攣しだし、途中で止まってマッサージをする羽目になった。この痙攣は後々まで尾を引く事になる。

R0013916  走水から観音崎にかけては、家族連れが潮干狩りとバーベキューの嵐。目指す最初の三角点は観音崎灯台の傍にあるのだが、面倒くさがって「点の記」をダウンロードして印刷するという手間を惜しんだため、急坂の山中で指針がうろうろするGPSを見ながら右往左往。明治17年竣工の北門第二砲台跡の近辺にあるようなのだがどうにもアプローチが分からない。R0013920 散々迷っていたら、立ち入り禁止の海上自衛隊観音崎警備所の門に出た。どうやっても手元の情報だけでは行き着けそうにないので諦める。ここで1時間もロス。ちなみに帰って改めて点の記を落としてみたら、どうやら三角点は施設内にあるようで、これでは場所が分かっても駄目だったろう。

 そのまま岬を回って浦賀、久里浜。ここにも三角点がある。市街地だけに場所はすぐ分かった…のだが、閉鎖された会社の寮のてっぺんにあるくさい。これも諦め。
 さて、久里浜港から東電横須賀火力発電所を横目に緩い峠を、足をピキピキ言わせながら越えるとそこは三浦海岸。左手に海を見ながら快適なクルーズが楽しめると思いきや猛烈な南西の向かい風。このあたりはウインドサーフィンが盛んなようなのだが、波濤を越えてビュンビュン飛ばしている。江ノ島で見るのとは大違いだ。これでまた足のダメージは溜まっていく。本来の三浦一周ならば剱埼の方に向かうのが筋であるし、今日のメインディッシュたる三角点てんこ盛りはこの辺に集中しているのだが、そちらの方には半島南端の尾根に向かう直登がある。とてもじゃないがこの足では(押しても)無理だ。ということでショートカットして城ヶ島へ。三角点はここにもある。一旦、大橋を下りきって港の方まで行って探してみたのだがどうやら今下ってきた山の上にあるらしい。とりあえず冷たい物を飲みとって返す。もう、どんな登りでも泣きそうになる。ある箇所をストレッチしようとすると別の所が攣るのだ。それでもGPSを頼りに進むと農道に入った。ほとんどシングルトラックである。しばらく進んで「この辺だ」と言うところは畑。中でおじさんが農作業をしている。
「あのー、すいませーん。この辺に、三角点…」
R0013956 と言い切らないうちに鍬で畑の中を指す。おお。あった。今日初めての三角点。しかし、私有地だしあのおじさんがいなかったらたとえ見つけても歯がみをするようだったなあと思う。
 撮影してお礼を言い、ようやく帰路に就く。既にして16時くらい。本当は三崎漁港で鮪でも食いたいといつも思うのだが、着くのが遅くて結局食えない。今日も朝からほとんどジャムパンとかリンゴパイ。
 幸いにして風は南西なので、ボロボロの足でもそれなりのペースが保てる。しかしながら三浦海岸からそうだったのだがこの渋滞は何とかならんのか。「観光地に来た」っていうより「渋滞にはまりに来」てるんじゃないかと思う。

 途中、去年気づいてからちょっとお気に入りの秋谷で日が大分西に傾いてきたので立石公園で撮影休憩。その名の通り「立石」が海にそそり立っていてちょっとした奇景。R0013970 そばにイイカンジのレストランも見つけた。
 いつもならこの先、R134を進むのだがちょっと気が変わって森戸の方に行ってみる。古い、風情のある店屋が並ぶ。再びR134と合流すると海岸沿いをまたも向かい風。厭になる。

R0013988  しばらく進むと「15670」という味も素っ気もない名前の基準点がある。すぐそばまでいったがそれらしき気配がない。とりあえず国道からワイヤーロープを越えて歩道に出てみると、保護石も何もないところにセラミックの丸い二等多角点があった。15個の筈が2個。淋しい限りだがまあ良しとする。
 海岸沿いの向かい風に嫌気が差したので若宮大路を右に逸れ、長谷観音に向かって左折、大仏に向かって右折。大仏坂を登っていたらハムストリングと下腿三頭筋まで痙攣しだしてしまった。ひどいもんだ。
 もう、19時近かったのでこの辺で夕飯でも、とは思ったが、ここで腰を落ち着けると根が生えてしまいそうなので止め、あとはひたすら無風~追い風の境川CRを北上。結局飯を食ったのはウチから歩いて5分の蕎麦屋でだったりする。
 いやー、それにしてもこのヘタレ脚で道志行かなくて良かったなあ。

 あ、そだ。今思いだした。先日からホイールを、SHIMANO DURA-ACE WH-7801-SLからMAVIC KSYRIUM SL(全損したGIANTに元々付いてきた)にしているのだが、こっちの方がスピードの乗る感じとかコーナリングラインのトレースとか全然いいなあ。

【おまけ】
R0013949
 城ヶ島の住宅街で見つけた飼い猫。やっぱりというか奇しくもというか名前は「ミケ」。なかなかこっちを向いてくれない。というより縄張り荒らしの野良猫に関心が向いてたよう。飼い主のおばさんによるとてんで意気地が無くていっつも負けてる、そうである。

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2007年4月17日 (火)

【ナイキの対応】「ブレーキなし。問題なし。」

 前記事へのコメントを2通頂いているが、まとめ的に新記事とした。

 件の広告が掲示された正確な時間というのは分からないが、2007/4/9であることはほぼ間違いがないだろう。翌日10日早朝に情報を知り、抗議文を書いたのが午前7時頃。それから、というのを書いてみたい。

 僕がこの話を知ったのはmixiの某自転車関係コミュニティに立てられたトピックからで、これに対する反応は概ねそこで得ていた。九分九厘のレスポンスがこの広告と、そして現実に「ストリート」を無法運転するノーブレーキピスト乗りに対する不快感と反意で占められていた。
 広告主であるナイキジャパンに対しては、僕のようにメールを送る人、電話で抗議をし、その内容を録音して衆目に晒す人等様々であった。僕もその録音を聞いたがそれによると、

「今回のキャンペーンの意図は、東京の新しい世代のアスリート達とそのスポーツへの敬意を表すために街で気軽に楽しく遊べるスポーツとして、フットサル、ストリートバスケットボール、ダンス、スケートなど彼らのカルチャーを示しているキャンペーンを『新しい世代の"Just do it."』というスクリプトにスポットを当てて東京に於ける新しいスポーツコミュニティをサポートしていきたいというもの。」

であり、

「ブレーキのない自転車を乗って下さいと言う若者に訴えてるのではなく、若者達がアクティビティを楽しんでいる時の爽快感を表現するために使わせて頂いたキャッチコピー」

なのだそうだ。

 抗議者は、今、公道を制動装置のない自転車で駆け回るという流行があり、それをスポーツ大手のナイキがサポートするかのよう(に受け止められる)な行為をしていることについて、一般の自転車乗りからすると同社の自転車に対する理解が一般の感覚と違うと思わざるを得ない、と続けるが、

「ご意見としてお預かりし、関係部署に報告させて頂く。」

と答えるに留まり、抗議者の「違法行為((公道での)ブレーキなし)を後押ししていると受け止めていいかの再々の問いには先の「ブレーキのない自転車を…」を判で押したように繰り返すばかりであった。

 まあ、お客様相談センターで一次対応している人間にはこれ以上答える権限はないと理解するのが正しいところかと思う。この電話も恐らく午前中。

 さて、僕の抗議メールであるが、打って間もなくレスポンスがあった。だが、案の定オートリプライ。内容をそのまま貼り付ける。

>Date:     Tue, 10 Apr 2007 07:49:29 +0900
>Subject:  ご意見ありがとうございました
>
>メッセージの到着をご報告申し上げます。
>
>お客様のメッセージは、後ほど担当者が拝見させていただきました
>上で貴重なご意見として今後の参考にさせていただくか、あるいは、
>お返事をさせていただくなどの対応をさせていただきます。
>
>尚、取扱店や商品に関する最新の情報はお電話にてご案内させてい
>ただいております。どうぞ「お客様相談室」をご利用下さい。
>
>メッセージありがとうございました。
>
>□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
>   株式会社ナイキジャパン (http://nike.jp/
> お客様相談室 0120-500-719 /月-金 9:00~17:00(祝日除く)
>□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

というもの。なるほど。

 以降の流れであるが、世間ではほとんど耳目を集めなかっただろうこのニュースは、先のmixiのコミュニティや、2chのニュース速報+板や自転車板で痛烈な批判が展開された。おそらくそうした表面に現れる物だけではなく、直接的にナイキジャパンや広告スペース提供者であるパルコPart1なされた抗議も非常に多かったのか、当日23時頃突然6598「今、広告撤去中である」との一報と広告のはぎ取られた白地スペース写真がネットに流れた(左掲)。

 この、広告撤去(先の抗議電話録音から、2日間限定掲示広告では有り得ないことは歴然としている)についてナイキジャパンからの公式・非公式なコメントは、僕の知る限り無い(2006/4/17現在)。
 また、僕自身の抗議メールに関してだが、上記自動応答文中に「参考にさせていただくか、あるいは、お返事させていただくなどの」とあったが後者は選択されなかったようだ。

 ということで、同社は本件を「無かったこと」にしてしまいたいのだな、と個人的には思った。
 しかしながら確かにこの広告は「あった」訳で、しかもこれほどまでインターネットが普及している今日、元々の広告画像を全て回収することなどもちろん不可能であり、それは流通した意見についても然りだ。

 ナイキジャパンが、「公道で『ブレーキなし』なピスト自転車で乗ることは『問題なし』」だと受け止められても反論できないような広告を出稿し、そして数々の抗議を受けたにも関わらず、それに対する自社の考えを示すことなくこっそり撤去した事は、消しようのない事実なのである。

 今、敢えて問い直したい。
「『訴えているのは爽快感であって法規違反の助長ではない』のなら、なぜ何も言わず広告を撤去したのですか?」
と。

【縁あってご覧いただいている皆様へ】
 「ブレーキなし。問題あり。」なのは何も法律に抵触するからという理由だけで言っているのではないことは、自転車に興味があってこのblogをご覧頂いている方なら十中八九お分かりかと思うが、僕のようなパンピーではなく、「プロ」の方がどう考えてらっしゃるか、リンクを張っておくのでご参照下さい。

VLAAMS-Bike - ブレーキなし。問題なし。 (プロロードレーサー、橋川健選手のblog)
狸サイクル  - 論争以前のブレーキの有無 (スポーツバイクショップ店主のblog)

【PS】
Google Blog Searchで「ナイキ」をググったら、あるblogが出てきてそれによると、

>渋谷でダンサーが若者にステッカーを配るんだがそこに書いてあるのは。。。
>
>
>外で遊べ。
>道で遊べ。
>空き地で遊べ。
>公園で遊べ。
>終電が行っても遊べ。
>追い出されても遊べ。      /* ← !! */
>遊び場はすぐになくなる。    /* ← !! */
>でも、またすぐに見つかる。   /* ← !! */

>好きに遊べ。
>今ここで遊べ。
>東京で遊べ。
>
>JUST DO IT.
>

だそうである。そのイベントは「ナイキ東京イグニッション!」と言うらしいが、このアーティクル以外でこのクエリーに引っかかる物が一切無いので詳細も真偽のほども不明だ。
 だが、本当ならば「お里が知れる」と言うものである。呆れて物も言えない。道理であんな広告平気で出すはずだ。
 特にむかっ腹が立つのが、「でも、またすぐに見つかる」のくだり。
 要するに、「そのフィールドがダメになったらまた別のフィールド荒らしに行けばいいじゃん」って言ってるも同然。こんな奴らに荒らされた方こそいい迷惑だ。

#【2007/4/20追記】
 世の中、頭の中身がスカスカな輩は多いようなので、晒す。
>追い出されても遊べ。(Google Blog Search)
>追い出されても遊べ。(Google Search)

Just do what breaking law.
NIKE

ってとこだな。
既に死語だが「逝ってヨシ。」

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2007年4月10日 (火)

【ナイキへの公開抗議文】「ブレーキなし。問題なし。」

17143274_2171

 渋谷パルコPart1壁面に掲示されたナイキの広告。
 開いた口が塞がらなかったので、

NIKEJAPAN:PRIVACY STATEMENT
http://nike.jp/support/index.asp

に以下抗議文を送っておきました。
 それにしても制限文字数少なすぎ。1000字かと思って一生懸命削ったのに1000バイトだって^^;;

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【抗議】「ブレーキなし。問題なし。」

どこがどう問題ないのですか?
道路交通法第六十三条の九の存在を知ら ないか、あるいは知っていてこれを破ることを教唆していると言っていいでしょう。
私も自転車乗りであるので、都内をノーブレーキピスト車で法を無視して闊歩するのがカッコイイとする流行を苦々しく思っております。不法行為であるのはもとより如何に危険かということから。
競技者が公道練習を行う際テンポラリブレーキを付けるのは遵法、常識、自分の命を守るものですが、この広告はこれを真っ向から否定するものです。
流行バカが自損事故を起こして死ぬ分には痛くも痒くもありませんが、こんな輩が事故件数を上げることで警察行政が自転車を公道から追い出そうとしている現状に大義名分を与えることは、看過出来ません。
この広告が真っ当なライダー達からどれだけ顰蹙を買っているか真摯に耳を傾け、こんな恥ずかしい自己主張は速やかに取り下げるのが、御社のイメージ低下を回避する唯一の手段であると言うことを知るべきでしょう。
この広告も、隅にでも「※ブレーキなしでの公道の走行は法律で禁じられております。」と追記されていればパンチの効いたいい風刺になったでしょうに。
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2006年12月24日 (日)

強い強い強いっ!!

 いやぁ強かったディープインパクト。
 途中まで鼻歌交じりで3角から一気のマクリだもんなあ。他の馬が後ろに走ってってるみたいだった。
 友人Kから「後楽園にいるので馬券を買うか?」と打診があったが120円じゃ買えんて。

 あれで引退って惜しいけどなー。

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2006年10月20日 (金)

すげぇっっ!! …ともう一つ。

/* Multi posted : mixi / iwappa!LAND

 今日、所用(昨日の日記に後述するが、ちょっとしたトラブルシュートのため)たかだフレンドに行った。
 そこで、生まれて初めて「世界チャンピオン」と2ショットの写真を撮った。Nec_1198_1

 彼女の名前は、和地恵美さん。
 先月マンチェスターで行われた自転車競技、「トラックマスターズ世界選手権大会」女子個人追い抜きで優勝した、まさに「スーパーウーマン」。

 実は、大変恥ずかしい話なのだが僕は彼女のことを全く知らなかった。 というのはたかださんに出入りしてるけど僕はクラブ員じゃないし、なにせ先月は体調がひどくてほとんど寝たきりだったので新聞・TV(CS放送含む)・インターネットで採れる自転車競技関係の情報というのに一切触れていなかったし店にも行っていなかったので、まさかそんな快挙があった、しかもそれが(畑違いのF1 GPに行ってしまったが)あの佐藤琢磨を輩出したたかだフレンドのクラブ員の方だなんて驚天動地だったのである。
 彼女が店に顔を出したのは取材を受けて掲載された毎日新聞と朝日新聞の記事を持ってきたからで、そこに僕が居合わせたのは全くの偶然なのだが冒頭に書いた「2ショット」どころか考えてみればあらゆるジャンルの世界チャンピオンとお話をしたことなんてあるわけがないからただただ感動。


Nec_1196 Nec_1197


 しかも、新聞記事を読んだら元々大学時代には陸上選手として走り幅跳びで全国2位と活躍したとはいうものの現在は町田市内の小学校教諭であり、母でもあることからスポーツとも遠ざかっていたのだが、お子さんが小学校高学年に上がったのをきっかけに「また運動しようと一念発起、いくつかのスポーツを囓った後、自転車に乗ることにしてそれでたかだフレンドに入った訳だけれども、なんとその時僕と同じちょうど40歳、しかも自転車は学生時代通勤に使ったことがある親しみからというきっかけで競技歴など全くない。 その彼女がわずか4年で世界チャンピオンである。 記事を丸写ししてるとまた冗漫になるので省くが、一体どれほどの決意と努力をしたのだろうかと思い、心から尊敬した。 しかも職業人、母親、選手と、記事の中で『「三足のわらじ」をはきこなして』と表現されている状況下においてである。

 ちょっと個人的な話だが、ある軽いトラウマ(みたいなもの。 まあその根っこは深いけれど。)で僕は「継続こそ力なり」という言葉が大嫌いなのである。 でも、この年になってようやく「でも、それってやっぱり『力』というか『生きる上で一番大事なものだよなあ』と遅まきながら感じているたりするのだ。 さらに個人的な話で言うと、僕のマイミクでありもう10年以上の付き合いになるInagaki,Mさんが、最初はスカパー!で観るだけだった自転車競技を、「運動不足の解消に」とやはり40くらいで突然ロードレーサーを購入したはいいけれど、卸したその日はたったの2kmでギブアップしたという話を聞いて勝手に受けていたのだが、その彼が数年経ってみたら僕なんか比べものにならないほど強くなっていたのに驚愕したものである。 この話を最近彼(僕とも)と付き合い始めた自転車友人に話すと「えーっ!? 嘘でしょーっ!?」と驚かれるからとにかくそのパワーアップ振りは凄まじいものなのだ。 なんで数年ですぐに追い越され、はるか先に行かれてしまったかというとまさに先に挙げた「継続こそ…」に尽きる。 この言葉を小学校の教師から耳タコのように聞かされても「へんっ!」としか思っていなかったが、実際身近で身をもって証明されるともう本当にぐうの音も出ない。

 「だーかーらー、乗んなきゃだめだって、いわっぱらぁ~。」と彼から何度も叱咤されてもなんだかんだ理由を付けてサボリストになってしまっている僕は、まじめな話Inagakiさんと和地さんの爪の垢をブレンドして煎じて飲みたい気分だ。 いやホントに「爪の垢、頂けませんか?」なんて言ったら思いきり引かれるに違いないから、あくまでそういう心持ちだということなのだが。

 で、話は彼女に遭遇する前の昨日に戻るが、いて座さんから「日曜走りに行かない?」と誘われほとんど二つ返事で受けたのはいいのだけれど、カレンダーを見て22日だと後から気が付いた。
 この日、予定が入っているわけでは全くないから体は完全に空いているのだが、だめなのだ。 毎年、10月22日だけは。 なぜだかは言いたくないから言わないけれど。 とはいえ、まだ完全に行かないと決めたわけでは無いのでもうちょっとは考えるが…ううん、でも…、やっぱり、なあ…。

 出来れば独り静かに過ごしたいのだ。

 自転車には乗るかも知れないが、独行になるような気はする。
 それなら行く場所はあそこしかない、かな。

 思い切り話が逸れちゃったな。 ご容赦あれ。

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2006年9月12日 (火)

【ロード】帰着>VUELTA A BOSO

【ロード】帰着>VUELTA A BOSO

 ついさっき無事自宅に着きました。
 お世話になった皆さん、どうも有難うございます。 いやー、それにしても降られた。 マッドガード付けてって良かった。
 まずは安着報告、委細は追って。

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舵翼よ、あれがクリの灯だ。

舵翼よ、あれがクリの灯だ。

 微弱電波と戦いながらやっとさっきのログ打ったと思ったらもう着いちゃうよ(笑)。
 35分だもんなぁ。

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さらばウチボウ鉄道

さらばウチボウ鉄道

 てな感じでさきほど金谷港から久里浜に向けてフェリーが出た。
 乗船少し前より雨まじり、デッキはかなりの風で半袖短パンでは寒い。 なのになぜここに居るかというとキャビンでは電波が飛ばないからだ。
 さよなら房総。

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南房 根本浜にて。

南房 根本浜にて。

 今から私は海人です。
 いやぁ、人っ子一人おりません。まさにプライベートビーチ!

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安房白浜、早朝。

安房白浜、早朝。

 ♪今はぁ もう秋〜 誰も〜 いない海〜♪

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2006年9月11日 (月)

夕暮れの房総

夕暮れの房総

 これからあの岬の端まで行くのである。

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清澄寺にて。

清澄寺にて。

 割りとたらたらな登りかと思ったら最後が結構来た。
 とりあえず厄払いはせず賽銭だけ投げてきた。 さすが日蓮宗大本山、立派なお寺だ。
 それはそれとして今宵はどこで寝ようか?

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曽我にて

曽我にて

 津田沼に辿り着き用事を済ませてその後飲んだら朝。 寝たら昼3時。 終わってる。 このまま来た道引き返すのはあほみたいなので一日ずれるが当初の予定〜房総縦断を敢行することにしたが問題は昨夜の寝床。
 蘇我にいるTojyo宅に無理矢理押しかけ床を提供してもらった。

 夜F1を久しぶりに観た。アロンソのリタイヤとミハエル・シューマッハーの優勝でシリーズあと3戦を残して2ポイント差、これならここから観てもおもしろいかもしれない。
 だが、それよりなによりインタビューでミハエルが「来年このモンツァを走ることはない。」と今期限りでの引退を正式に表明したのが感慨深かった。 これで一つの歴史に幕が下ろされるのだ。
 これで鈴鹿チケットのオークション相場は暴騰するだろうなあ。

 それはそれとして今朝出発準備をしていたら雷鳴とともに土砂降り。 乗り出してから降られるのはいいがこの雨の中出るのは厭だなあ。

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2006年9月 9日 (土)

お上りさん的一枚

お上りさん的一枚

 所用にて千葉へ。 どうせならトレーニング兼ツーリングもしてしまえと愛車、RIDLEY DAMOCLESで向かったはいいがPOLARのケイデンスセンサーのトラブルに見舞われ(無視しても死にゃしない)サイクルプロショップセキヤへの寄り道をしたりした結果今頃こんな所を走っている。
 時間には全然支障ないが本来ならこの時間は印旛沼にいたはずなのに。
 やはり印西市には近づくな、ということか。

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2006年8月23日 (水)

「甲子園」について思う(W-Posted with mixi)

 前日178球、翌日の引き分け再試合で118球、7試合連投948球。 どーかしてる。 まだジュニアとユースの間くらいにいる年齢の選手に投げさせる球数じゃない。
 「僕はこれで野球は終わりだから別に肩なんか壊れたっていい」んだったらそれはそれでアリなのかも知れないけど今の高校野球トップレベルなんてプロの予備校みたいなもんでしょ? まだまだ先があるのにこんなことさせてたらみすみす逸材をぶち壊すようなもんだ。
 大体大人の選手が快適に空調の効いた屋内で試合をして、なおかつ投手なんか中4日くらい(だっけ?)は空けているというのになんで子どもたちがあんな炎熱地獄でこんなことしてそれがさも「美徳」かのように語られるのだろう?
 もっとちゃんと健康管理して~例えば一試合あたりの球数を制限して達したら交代を強制させるとか、連投はさせないとか~いかないと十代で選手生命を終わらせてしまう子どもたちは後を絶たないのではないだろうか。
 何もこれは高校野球に限った話ではなく日本のジュニアスポーツ全般に言えるような気はする。

 あんまりマスコミの情報は取らないけど目にした新聞やTVが盲目的に褒め称えているのを見たら無性に腹が立ってきたので書いてみた。

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2006年8月15日 (火)

【ロード】横須賀にて

【ロード】横須賀にて

 出かけようとしたらザーッと降ってきてげんなりしたのだが気を取り直して出発、横浜を過ぎ、横須賀。記念艦三笠の前には自転車入れてくれなかったので近傍の岸壁から東京湾唯一の自然島、猿島をバックに。

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2006年8月 8日 (火)

亀田父 vs やくみつる

 どっちもどっち。
 一言、ガッツさんは大人だ。

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2006年7月19日 (水)

Tour de France 2006 stage 15 - Gap - L'Alpe-d'Huez (187km)

 今まで全然書いていなかったが、今年もツール・ド・フランスをTVで観ている。

 前人未踏の7連覇を成し遂げてツールを去ったLance Armstrongがいない今年は、直前に起きたドーピングスキャンダルのせいで有力視されていた選手がボロボロ出走停止になってしまったこともあって本命不在でまさに混沌とした展開。
 二日ほどぐーすか寝こけて見逃してしまっていたらいつのまにやらマイヨ・ジョーヌがPhonakのFloyd Landis  (USA) からCaisse d'EpargneのOscar Pereiro  (ESP)にわずかな差ながらで移ってしまっていた。 やれ、目まぐるしい。
 さて、今日のステージはL'Alpe-d'Huezへの山頂ゴール。 子細は省くが、終盤までどう転ぶか分からない手に汗握るとても面白いステージだった。 18名の長い長い逃げが最後の山岳であっという間に崩壊して最後はSchleck(CSC, LUX)とCunego(Lampre, ITA)の一騎打ち。 しかも後続から追い上げたLandisらが迫ってくるという展開。 個人的にはCunegoのツールでの勝利というのも見てみたかったが終いはSchleckの渾身のアタックが決まり11秒差で嬉しいグランツール初優勝。Image20060718235119
 ゴールでの鬼神のような顔でのガッツポーズが印象的だった。
 今回は、PhonakとT-Mobileが先行逃げ集団から降りてきてエースを引っ張ったが、わけてもPhonackのAxel MerckxのLandisに対する引きは見応えがあった。 結果Landisはマイヨ・ジョーヌをPereiroから再び奪うことになったのだが、これで明日からはまたPhonakが前で仕事しないといけないんだよな。 これは吉と出るのかどうなのか。
 また、中盤ガンガン逃げてくれたStefano Garzelli  (Liquigas-Bianchi, ITA)にも大拍手。 L'Alpe-d'Huezへの登り前で集団に飲まれたから今日はこれでお疲れさまかなと思ったのだが最後はLandisの追い上げ集団と一緒に登ってきてゴール前で差しきりSchlekから1分10秒落ちの3位。 敢闘賞も納得である。

Image20060718235829  それにしても表彰を待つ間の、Landisの沈思黙考は一体何を意味していたんだろう?

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2006年7月 7日 (金)

DAMOCLES,復活に向けて。

DAMOCLES,復活に向けて。

 追浜でのパンク以来体調不良もあって二ヵ月以上放りっぱなしだったDAMOCLESでの練習を再開すべくバイクを清掃、どうも電波のキャッチがよくないPolarハートレートモニターの位置を微調整して近所に試し乗り。
 写真のコンクリートマンホール蓋みたいなのは家から直近にある三角点。 走行距離にしてわずか2キロちょい。

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2006年7月 6日 (木)

ポタリング

ポタリング

 5月からこっち、一昨年の交通事故の後遺症か左膝がとても痛むようになり一時は歩くのにも往生な程だったのだが、整骨院の治療が功を奏したのかサポーター無しでもなんとかなるようになってきた。
 とはいえ完治したわけではなく、荷重を掛けたとき、また抜くときにシクッと痛む。
 それでも快方に向かっているのかなと、症状が出て以来鬱々としていた気分が少し良くなった。

 六月下旬にあるプロジェクトの手伝いをして、末には締切との戦いで結構ヘロヘロになったのだけれどそれも無事コンプリートしホッと一息着いたので、今日は完全休養日にしようと思っていたのだが愛車TIDYのタイヤに、久しぶりにエアを入れたら(空気圧はひどいものだった)なんだか乗りたくなりペダルを漕ぎだす。
 それでも適当にお茶を濁し半時間くらいで戻る積もりだったのだが、エアチャージをしたら嘘みたいにぺだリングが軽い上にスピードも乗る。 運動してないせいだと今まで決めてかかっていたのだが単なるメンテナンス不足だ。
 なんでエアくらい入れんかねえというところなのだけど、このママチャリーナ三世のエアバルブがいわゆる米式(シュレーダー)な上に12インチホイールなものだから隙間が狭く携帯用インフレーターが使えない。 据え置きのSILCAは仏式専用だ。
 このため当初は近所のガソリンスタンドにあるセルフチャージャーを使っていたのだけれど何故かある時からうまく入らずそれどころかバルブを押し下げた隙間からチューブ内のエアが抜け切ってしまうという有様になってしまったのだ。 これもバルブ周りのクリアランスが狭いための現象なのだが、困った。 が、ふと気が付いた。 MTBのサスペンション用エアポンプが米式だった。 こんな細いシリンダーで規定圧まで上げるの大変そうだなと事前には思ったがそこは12インチ、手間ですらなかった。
 そのポンプを、自宅のリフォーム時にしまったまま出していなかったという単なる不精の結果であった。

 さて、元よりコイツで山坂など行く気はないので近隣を流れる恩田川サイクリングロードを流しつつたまに脇道にそれたりして都合3時間ほど消費。 全線全くの平地なのだが(しかも下り基調)、時折ある橋を横切る時などわずかに道に傾斜がある。 こういう時、ギアを落とさずにそのまま掛けて踏んでしまうとやはり膝に痛みは感じるものの軽負荷でくるくる回している分には痛みは感じない。 これなら平地練習は再開できそうだなという気になる。
 新しくなったiPODから片耳イヤホンを通してシャッフルされるBGMが心地いい。 恩田辺りまで来るとこの辺りで唯一残っていると言ってもいい田んぼの緑や空気の匂いが疲れを癒してくれる。 本当に、ここくらいは残ってほしい。 家のそばだって25年前はこの時期蛙の声のサラウンドだったのに見る影もない…。

 という訳で田園都市線田奈駅で折り返し、ここからならあと5分の弁天池公園でまったりしているところである。 それにしてもここの水は一体どこから来ているのだろう? 高低差からして川から引かれているはずはないし。 住み着いて以来30年近くに渡る謎だ。
 ちなみにこの池は釣り場を兼ねた市民憩いの場であり、さっきまで爺さま達が縁台将棋を楽しんでいた。 考えてみれば海外ってこういうオープンスペースがあると必ずカードやマージャンやってたりサッカー観てたりしてるけど日本じゃあまり見かけないなあ。 文化的土壌の違いかなあ?

 さーて、こんな長文をケータイで書く積もりはなかったのだが始めたら止まらなくなってしまった。 蒸した今日だがすっかり汗も引きトイレに行きたくなったのでこのへんで。

 そうそう。 スポーツライドをしたつもりはないのだけれど一応走行データを。
 Dist: 14.44km, Time: 1:10:30, Ave.: 12.2km/h, Max: 27.8km/h だった。

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2006年6月13日 (火)

「バルゼー 無様だぞ もうよいどけ!」

 …と吐き捨てるしかない、2006 FIFA World Cup Germanyの予選ラウンド初戦・対オーストラリア戦での日本代表に向ける言葉。

 十中八九勝利をつかんでいてのあの惨敗は、まさに「さらば宇宙戦艦ヤマト~愛の戦士達」において、全ての面で地球を凌駕する科学力・兵力を持つ白色彗星帝国旗艦艦隊を統べながら拡散波動砲火一発で自軍を壊滅させしめたバルゼーそのものだった。

 駅売りの各スポーツ紙、見出しだけ眺めたがあんなヌルいリードを書いてるようじゃこの先(ドイツ大会だけではなく、4年後8年後)も思いやられる。 ダメな戦いにはきっちり批判をすべきだろう(記事本文は読んでいないが)。

 ジーコ軍団がバルゼー麾下艦隊だとすれば、それこそ彗星帝国本体、大帝ズォーダーのお出ましを待つしかないか。 まあそれはそれとしてテレサが出てくればやられてしまうが。

 つくづく思うのは、オーストラリアみたいに1万人規模の野外スクリーンが設置されてなかったのが不幸中の幸いだろうな。 もしそうだったら間違いなく暴動になってただろう。 まあ、お上にどんな横車を通されても「シカタガナイ」と受け入れてしまう今の日本人にはそんな気力もないか。

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2006年4月 3日 (月)

90ste Tour Des Flandres (BRUGGE - NINOVE)

 一昔前では考えることすら有り得なかった欧州自転車ロードレース・クラシックの放送が、なんとJ SPORTSで生中継されるようになった。

 Tom_boonen_on_podium_at_90th_tour_des_fl_1本日は表記のツール・ド・フランドル(ベルギー)。 結果から言うとディフェンディングチャンピオンにして昨年度UCI Pro TourチャンピオンであるQuick Stepのまさに「エース」、Tom Boonenの横綱相撲であった。 

仕掛けから仕上げに至るまでまさに完璧。 実に約30年振りと言うフランドルの連覇を成し遂げた偉業もさることながら、アルカンシェル(前年度世界チャンピオン)ジャージを着ているものが翌年失速するというジンクスめいたものも打ち破った。 コメンタリーでも(確か三船選手が)「久々に、”カンピオニシモ”と呼ばれるべき存在だ」というようなことを言っていたがまさしくその通りだと思う。

Attacked_by_tom_boonen_at_90th_tour_des_ 特に中盤、Koppenbergの登りで一気に集団を粉砕する爆発で他を圧倒した力はまさに圧巻であり、興奮した。 そして、Leif Hoste (Discovery Channel)の勇気ある挑戦とフェアな戦術は、Boonennに破れたとはいえ称賛に値するものだと思う。

 さらに言うならば、今日のBoonenの勝利は、Quick Stepのチーム力、特に献身的に貢献したSerge Baguet(彼とて前年度ベルギーチャンピオンなのである!)の、決してリザルトリストでは読み取れない働きがあってこそのものだと思う。

 LIVE、4時間。 やはりこのスポーツは結果だけでは分からないものが多々あるし、それをなおかつ生中継というのはエキサイトの大きさが違う。 J Sportsがこのような試みを始めたのはおそらくサイクルレースの視聴率が年々見込めるようになってきたからだと思うのだが、この風船をしぼませることなく続けていって欲しいものである。

 解説陣であるが、昔から好きな栗村ミヤタ・スバル・レーシングチーム監督はもちろんいいのだが、9年間ベルギーで選手生活を送り今なお同チームで現役生活を送る三船選手の予測や解説はまさしく当を得ていたと感じた。

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2006年3月30日 (木)

ママチャリーナ三世、モディファイ

■モディファイ、その1。

Rimg0101_1

 この写真を見てこれが何だかすぐに分かる人は、相当な強者だと思う。 ということで Guess what! …とと、画像のロゴからWeb検索なんてインチキをしてはいけない。

 あんまり引っ張るほどのネタでもないのですぐに答えに行ってしまおう。

Rimg0046_1  これが、現物の装着状態である。 これを見ればほとんどの方がお分かりになるだろう。 『泥よけ』である。
 「でもこれ、短いじゃん?」
 ご心配召さるな。Rimg0048_1

  こうなるのだ。

 このTIDY、フォールディングバイクではあるのだが現実にフォールドして持ち歩くことはほとんどなく、最初に紹介した時に述べた「ママチャリーナ三世」として専ら使われている。 スポーツライディングをしていれば多少の雨は気にしないし、強雨で乗らねばならない時にはちゃんとしたゴアテックスのレインウエアもある。 ただ、元々泥よけを装備していないので、駅から帰ってくる時等にだーっと降られると泥よけのないこのチャリでは全身、特に後輪からの跳ね上げでお尻がびちょびちょになるのが堪らなく厭だったのである。

 さりとて、12インチホイール用の泥よけなどこの世にほとんど無い。 幼児用自転車ならば12インチもあるが、ピンク色をしていたり、なによりフツーのフレームに取り付けられることを前提としているので、変則的フレームのTIDYには付きそうもない。 一度、小径車の聖地、和田サイクルに電話をして聞いてみたら、ブリヂストンTRANSIT COMPACT用ならあるが鉄っちんだよと言われて気分が萎えてしまった。

 いっそのことよくあるマウンテンルック車(なんちゃってMTB)が付けてる樹脂製のものを付けちゃおうかなあと思い街を歩いてよさげなのをみつけたらデジカメでパチリパチリやっていたところ、最近になってほんの気まぐれでネットサーフィンをしつつ探していて、半ば「これでいいかなあ?」と妥協しかけたところで見つけたのがこれである。

 LGS FOLDING FENDER SW-PS1

 最初に見つけたのは、CYCLE SHOP OZAKIであるが、ここでは売り切れ。 どうもここを見るとLOUIS GARNEAUの商品らしい。 Inagakiさん御用達でもあるシマザキのWebでも掲載はあったのだが、見た時には完売状態。 こうなってくると意地の領域に入る。 結局、楽天にでている自転車館びーくるで在庫がありそうなのですぐ発注。

 数日して届いのが、一番最初の写真のものである。
 さてどこのページを見ても、シートピラーのφがどこからどこまでというキャパシティが書いていない。 購入したびーくるでは「●シートピラーのサイズは選びません。」と書いてある。 なのだが、実は当方には大問題なのである。 というのは、マウントをさせようというのが「シートピラーではなくシートチューブ」だからで、もちろん前者より後者の方が大径だ。 なおかつTIDYのピラーは元々かなり太くφ31.2mm、チューブはφ38.4mmある。 ちなみにMTBのXTC-NRS-990のそれらがφ27.3mm/φ30.25mmだ。 試しにTIDYのピラーに合わせてみると、なんとか付きそう。 だがチューブは全くお話にならない。
 別にピラーでもいいじゃんと言われそうだが、何故チューブに拘るのかというと、

  1. フォールドするたびに付け外ししなければならない。
  2. ピラーには軋み音防止の為にグリスを塗りたくっているので固定ベルトが汚れる

という理由による。

 ということで、早速仕事帰りに池袋の東急ハンズに赴き、幅の合うベルトとロの字型のカンを買ってきた。Rimg0105  あとはこれを縫いつけて希望の長さにバンドを切れば事は足りる。 とはいえまともな裁縫など小学校の家庭科以来やっていないので、母に教えて貰いつつ苦心して縫ったが本返し縫いなど実に30年ぶりにやったことになる。Rimg0034  正直、見映えはあまりよくないがきっちり縫い上がればそれでよいのである。

Rimg0027  早速TIDYに取り付けると、なかなかイイカンジだ。 赤いベルトを選んだのは、黄色を置いていなかったこともあるが元々自分が「赤に弱い」人間だからだ。
 取り付けは、Rimg0030

まず(さっき縫った)Rimg0028 ベルトのカンを本体左側にある爪に引っかけ、 右側のロックレバーを倒すだけ。 取り外しは逆の手順。 締め付け具合はバックルでベルトの繰り出し量を調節して行う。



Rimg0049

 雨天時以外は縮めておけるので、見た目目立たないし、 実際伸ばしてみてもそんなにおかしくはない(と自分では思っている)。

 ちなみに商品が入っていた化粧箱を見てみると、どこにもLGSなんて書いていない。

 Portable FLINGER SW-PS1R

 と書いてあるのだが"Portable"が社名なのか"FLINGER (《名》フリンガ,蹴る癖のある馬,罵る人,ピッチャー,投げる人,油切り)"がそうなのか判然としない…がWebで見る限り後者が社名らしい。どうもWebサイトを持っていないようだが。 一体LGSという文字列はどこから出てきたのだろうか?

■モディファイ、その2。

 ところで写真を見てお気づきかと思うが、トップチューブ(メインチューブと言った方がしっくりくるのか?)下にもフェンダーが付いているのがお分かりであろう。 これはOGKのMF-TというやはりデタッチャブルなMTB用樹脂フェンダーである。 リアがMTBライクならフロントだけオーディナリーな泥よけが付いているのもヘンだということでこちらはそんなに悩まずにサイクルショップナンバーワンで購入。
 現物を合わせてみるとチューブ長よりも泥よけの方が長いので、ジョキジョキと鋏を入れて合わせた。 ただ問題が一つあって、ゴムバンドで泥よけを括り付ける対応フレーム径が30~50mmだということで、これはもう計るまでもなくTIDYには足りない。 現物が来るまでどんなものか今ひとつ分からなかったが開梱してあっさりこのゴムバンドを使うことは諦めた。
 結局、泥よけにゴムバンドを引っかける脱着可能なブラケットの爪にタイラップで小さな輪っかを左右2個作り、それに250mmのタイラップを通してメインチューブに括り付けた(250mmじゃちょっと短かったかも知れない。ギリギリだった)。 それを前後二組。
Rimg0020_1  ということで見た目の仕上がりになっているのだけれど、どうも固定が甘くて普通に走るのに問題はないのだが、担いだりした後は位置がずれてチェーンに接触したりする。 もう少し長いタイラップでギチギチに締め上げてやればなんとかなるのかな? と言う気はするが。

 さて、その1、その2と書いてきたがどこにも雨天時のインプレッションが出ていない。 というのもこれをしてからまだ雨の中走る機会に恵まれていないからである。 なので、インプレは後日に譲る。

■モディファイ、その3

 さて、気づく人なら気づいているだろうか? さりげなくサドルが変更されている。Rimg0039  今まではSelle San MarcoRollsを使っていたのだが、このほど同社のERA PROに交換した。 Rollsを使っていたのに対して意味はなく、たまたま昔使っていたのが余っていたのと、色がホワイトでブリティッシュグリーンなTIDYのフレームと合わせてちょっとノーブルな感じに仕上がる気がしていたからなのだが、どうもこのサドル、自分には幅が広すぎてちょっと乗ると恥骨と座骨の間くらいがすぐに痛くなるのに閉口していたのだ。 最近すっかりERAずいているので余計にそれが気になるのかも知れない。
 ということでホワイトなERAがヤフオクで出るのを辛抱強く待ったのだがよほど人気がないのか滅多に上場されない。 それが2月にようやく出たのですぐに落札。 やはり座り慣れたサドルはいい。 ただ、TIDYにはほぼ普段着で乗るのだけれど、ブルージーンのインディゴブルーが色移りしてしまうのはちょっと参った。

 というわけで、現状のママチャリーナ三世について書いてみた。 いつもいつも長文読んでくださって皆さんどうも有り難う(まあ鬱陶しいと言う方は途中で打っちゃってしまうだろうが)。

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2006年3月24日 (金)

sword of Damocles(ダモクレスの剣)

Damoclis gladium
「ダモクレスの剣」



政治家で哲学者であったキケロが書いたシラクーザの僭主ダモクレスの物語から。ダモクレスの頭
sword_of_damocles_001 上に蜘蛛の糸のように細いロープで繋がれた剣が刃を向けて下がっている風景を描写している。権力者の生命に迫りくる危険を意味しており、現在でも使用されている。

da Cicerone,Tusculanae
+ ラテン語格言集-その他一般 +

 さてこのバイク、RIDLEY DAMOCLES(【リドレー ダモクレス】注:リンクは2006モデル)の場合、権力者というのは誰なのだろうか? 少なくともRidleyが供給するプロチームやその選手達ではなく、その闘う相手に対して「私は危険なのだ」というプレッシャーを与えることを由としたペットネームであるように思われる。 するとすなわち、「あくまで挑戦者」と言うことになるのか?

 いずれにせよ上記写真の通り、この RIDLEY Damocles 2005 のトップチューブには大きな剣が描かれている。 剣の向きがライダーになっているということは、先述とは逆に「常に危険が迫り来るのでそれに対せよ」という意味に取れなくもない。

 とにかく、ホビーライダーに過ぎない僕にとってはそういう裏読み的な理由は結構どうでも良くて、「スッゲーっ!! カッコいい~っ!!」というのが購入動機の大半を占めてしまっていたりはする。 さて、昨日納車で帰路に携帯電話で撮影して本blogにアップしたら、ピンぼけで分からんというご意見を頂いたので、今回はきっちりしっかり写真を載せることにする。 まずはネイキッドな状態の全景。RIDLEY_Damocles_1st_shot_naked_001

 Davitamon Lotto等に納められているチームカラーとは全然違うので、RIDEYっぽくないと言う気もするけれど、黒・シルバー・赤でコーディネイトされたフレームは戦闘的な気分を高めてくれる。 また、チョイスしたタイヤ(ミシュラン PRO2 RACE RED)もとても全体をまとめてくれている感じがして、これは自画自賛である。

 さて、これを満艦飾にしてみよう。

RIDLEY_Damocles_1st_shot_full_dressed_001

 こうなる。 何がどう付いてこうなったのかは後述するとして、そんなにカッコ悪くはないと思う。 ただし、以前乗っていたGIANT TCR Composite 1ほどのスローピングフレームではないので、特にサドルバッグを付けるとシートピラーの「出」が少なくちょっと不格好かなとも思ったりする。

 ただまあ、これだけ見ているとあんまりフツーのチャリと変わらないように見えてしまうので、少し細部を。

 まず、前三角から。
top_tube_damocles down_tube_damocles seat_tube_damocles

[トップチューブ] [ダウンチューブ]
[シートチューブ]

 特徴的なのはフレームの断面形状である。 上の写真をご覧いただければ分かる通り、トップチューブとダウンチューブは逆三角形(▽形)の断面を持つ。 対してシートチューブは一般的な丸形をしている(オーバーサイズではある)。

 次に後三角。
seat_stay_damocles_001 seat_stay_damocles_002 chain_stay_damocles_001

[シートステイA] [シートステイB]
[チェーンステイ]

 シートステイは、シートピン部とエンドを結ぶラインを真っ直ぐ繋いでいるのではなく、微妙なカーブを持っていることが分かる。 またチェーンステイは前三角と似たような断面を持つがより有機的なラインを描く。

 ところでこの辺りで組み合わせたコンポーネントを書かねばならないのだろうが、出先にスペックシートを持ってくるのを忘れてしまったので詳細は書けない。 とりあえず、Composite 1からの移植と追加パーツの混合ということになるのだが大まかに書いておくとデュアルコントロールレバー、フロントディレイラー、リアディレイラー、ホイールは全て7800系のデュラエースになった。

chain_ring_for_damocles_001  クランクは以前使っていたFSAのままだが、シマノFC-R700用のチェインリング(50x34T)を付けたのが大幅な変更点か。 これについては目から鱗が落ちる思いであった。 今までインナーギアからアウターへのシフトは「えっこらせっ」と、かけ声すら上げなかったもののそういう感じで上げていたのだが、このチェインリングではインナーからアウター(今日のロードレーサー用フロントディレイラーはローノーマルであるので、アウターへは「引っ張り上げる」のであるが)へのチェンジが「うそっ?」というほどスムーズかつあっけなく決まる。 感覚的にはリアディレイラーをSTIでちょこまかチェンジさせているのとさして変わらないほど違和感がない。 ただ見た目の問題で、色がマッチしないとかクランクの「手」とチェインリングの「手」のチリが合わなかったりするのは元々メーカーが違うのだからしょうがない。

 次に艤装品関係。 「満艦飾」な写真をご覧いただければ大体付いているものの想像は付くと思うが、中で特筆すべき事だけ。

 それは、これである。RIDLEY_Damocles_around_handlebar_001
 従前より装備していたものを単に移植したに過ぎないのだけれど、これにえらい手間取ってしまった。

[左:Polar S720i ハートレートモニター]
[中下:GARMIN eTREX Legend GPS]
[中上:SHIMANO フライトデッキ(サイクルコンピュータ)]
[右:X-RAY(だったかな?)スモールヘッドランプ]

 何に手間取ったかということを順を追って説明しよう。

 まず、Composite 1ではRAM Mountというマウンターを使ってハンドルバーに取り付けていたGARMINのGPSなのだが、これがアルミバーならさして問題にはならないところカーボンバーだったため、一カ所に締め付けトルクが集中するのがどうにも気になっていたのである。 今回の買い換えではハンドルバーも(形状が気に入らなかったせいもあって)換えているのだが、返ってきたバーからマウンターを外したら、カーボンの表面が見事に痩せていた。 ああやっぱりなあ、と思うと同時に代替手段を考えねばならないなあと気が重くなったのであるが、幸いにというか、以前からの知り合いであるKobayashiさんのblog、Be-Cycle!「RAMマウントをステムに付けよう!」的レポートを掲載していたのを参考にしてステムにGPSを取り付けられるよう加工、現物合わせでもなかなかうまくいったのでしめしめとおもっていたのは束の間、納車されてほぼ写真と同じように全てをセッティングしたところ、PolarがGarminの干渉を受けて誤動作してしまうのである。 Polar用のマグネットセンサーの位置とは無関係に勝手にStart/Stopしてしまう。 これでは使い物にならない。

 仕方なく、Polarをステムより右に付けたのだが、今度はトランスミッターとの位置の関係か、全然電波を拾ってくれない。 色々試した結果、Polarを左に付けてもある程度GARMINから距離を置けばトランスミッターの電波を拾ってくれることが分かって一安心。 …と書くとあっという間に解決したような印象を置くかも知れないが、実は本日未明01:00くらいまで色々作業をしていたのである。

 余談ではあるが、その際にお気に入りのMAVIC製ケイデンスセンサーマグネット(ペダルシャフトのフレーム側に付ける)がどこへ行ったか分からなくなり、深夜にヘッドライトを付けて近隣100mくらいまで探し回ったのだが結局出てこない。

 「無いものは、いくら嘆いても無いっ! ((C)曽田真人)」

という「真理」は分かっちゃいるが、コンビニで手に入るものならいざ知らずそれなりに手配に手間取るものであるというのと「これ一個どっか行っちゃって、千円ですかあっ!?」というのが相まって結局1時間以上探していたような気がする。

 で、結局出てこないのでPolar付属のマグネットをクランクに取り付けてとりあえず作業完了。

 「納車した」と発表したらいきなり「土曜日、雛鶴峠(命令)。」と指令が下ってしまった。 ただでさえ乗ってないのにいきなり峠かよ…と思ったが、織り込み済みらしい。 道志(山伏峠)よりかラクだよというので行ってみるかぁとは思っているが、いかんせんウエアがO.N.C.E.のばかりである。 GIANTに乗ってる分にはT-Mobileに替わろうが大義名分は立ったがRidleyじゃなあ…。 と言うことでDavitamon Lotto関係を今漁っているところである。

 あ、文章が前後した。「Ridley? 重いよ。」と言われていてすごく気にしていた重量。

フル装備 (500mLボトルx2、GPS、フライトデッキ、Polar、サドルバッグ、インフレータ) 10.6kg
最小装備 (フライトデッキ、Polar、インフレータ、テールランプの各ステーon board、ボトルケージx2) 8.1kg

 うあー、8kg切きれなかったぁ…!
 かなり軽いパーツで揃えたはずだから、あとはステムくらいかなあ…。 それともフルネジチタンにするべか。

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2006年3月23日 (木)

納車直後!Ridley Damocles

 やー、持った感じの重量はそこまで軽くない気がしたけど踏み出し、軽い軽い♪image.jpg

★このページ、結構検索結果で閲覧される方が多いのだが写真があまりと言えばあまりなので、この次のログにちゃんとしたのを載せているのでそちらをご覧頂きたい。
(10/13/2006)

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2006年3月21日 (火)

New Bike、もうすぐ納車。

 事故から一ヶ月余り過ぎすっかり春めいたところでようやく補償金が入ったので先日新車を発注した。 今日、所用でショップ(たかだフレンド)に寄ったらもうほとんど出来上がっていたのだが、普段ほぼ持ち歩いているデジカメをたまたま忘れてしまったので現車の写真はまだ無い。

 とりあえず、マシンはこれ。

dsc_1643a1 RIDLEY DAMOCLES 2005

 但し、ホイールはCOSMICではないし、コンポーネンツはCampagnoloではない。

 このモデルについて、詳細なレポートがcyclingnews.comの、ここの「Related Story 」に掲載されている。

 かなり長文でありもちろん全て英文なので読むのが面倒くさく翻訳ソフトに掛けたら半分意味不明な日本語になったが、とりあえず褒めてあった。

 明後日の3/23に納車である。

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2006年3月 9日 (木)

寝そびれたのでちょっと(宣伝含む)

 日曜日に沖縄から帰ってきたのだが、案の定やること一杯貯まっていた。 何のことはないのWebのメンテナンスなのけれども、4月の新規入荷に備えてクリアランスセールをやるわけで、そのためにページ構成をまとめたり、写真を撮ってレタッチし(と言ってもあるキズを無くしたりはしない。 素の写真では平板に写るので見映えを実物に近くするような調整だ)新たなページを作ったりしていたらえらく時間がかかってしまい、ようやくさっき(午前3時頃)終わったところだ。 まあもっともこれは例によってシエスタを長く取ってしまったがゆえではあるのだが。

 そんなこんなで初ダイビングのまともな感想も、お世話になったダイビングショップ、「マリンクラブ アン」さんやご一緒した皆さんへのお礼もまだ書けていない有様である。 もう週も半ばだというのに。

 まともな感想は追ってとするけれど、まずは右も左も上も下も分からない初心者の僕を快く受け入れて下さり本当に感謝している。 この場を借りて御礼申し上げます。 どうも有り難うございました。

 さて、せっかくセールのページを作ったので、ソースを流用してちと宣伝しておくことにしよう。

2006/3/7: 春のクリアランスセール!(Spring Clearance Sale 2006!)

 毎度お引き立て頂き誠に有り難うございます。
さて、前回入荷品もおかげさまでかなりハケて参りましたが、そろそろ次回入荷の時期も迫って参りました。

 狭い店舗ゆえ、在庫一掃せねば新商品の入る余地がございません。 そこで、下記の通り春一番のクリアランスセールを行います。

 2005入荷商品もまだまだ掘り出し物はたくさん、この機会にお手ごろ価格で日頃狙っていたファニチャーをゲットされてはいかがですか?

期間 : 3/8-25/2006
お値引き : 30-40 % OFF!!
(一部商品を除く)

2005入荷商品 (2005, in our stock)

2006/3/9: 商品追加 (9 more items are in catalog on above icon)

 2005カタログに更に9点商品追加いたしました。
人気の紅漆キャビネット(金泥の絵付が素晴らしいです)、珍しい陶製のスツール他、今回も逸品がたくさん! ↑のアイコンをクリックしてご覧下さい。

S/# CB-05A-021 S/# ST-05A-004
クリックして拡大

クリックして拡大 クリックして拡大

クリックして拡大

クリックして拡大 クリックして拡大

紅漆金泥蝶柄キャビネット
清末~民国
\150,000
W:87.5 x D:56 x H:159.5
陶製龍鳳凰紋粉彩榻(とう)
清朝
\98,000
φ33 x H:46.5

Chinese Antique Furniture Center (中国骨董家具中心))

 あ~、なんかレイアウトがガタガタだ…。 それよりも画像をリンクさせるのに手間取ってえらい時間かかってしまった。 こんなことしてる間にお礼RES等々書けば良かった。 馬鹿みたい。

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2006年3月 4日 (土)

アフター・マイファーストダイブ

 慶良間諸島にて。
講習後、初めてのファンダイビングから上がり着替えたところ。
 体が冷えて寒い…。
 でもすっごく楽しかった!!

 …と、船上でケータイが圏内だったので本文書いて送信しようとしたら圏外になってしまった。
 なので、宿に着いてシャワーで体を暖めゆっくりこの追記を書いている。
 さぁて七時から打ち上げだぁ!image.jpg

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揺れに耐えるTojyo

image.jpg

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船上の人

 今日はボートです!image.jpg

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2006年3月 3日 (金)

心を癒しに…

海に来た。
ちょっと琉球まで。image.jpg

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2006年2月24日 (金)

おめでとう! 荒川静香!

sizuka_arakawa_01 sizuka_arakawa_03 sizuka_arakawa_02

 観客を魅了するというのはまさにああいうパフォーマンスを言うのだろう。
 おめでとう! 荒川静香! そしてありがとう!

 #コーエンの得点は納得いかないけれど。

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2006年2月22日 (水)

整骨院

 Inagakiさんからアドバイスを頂いたので昨日より近所の整骨院にも通うようにした。 主な治療はマイクロウエーブ照射と低周波治療、そして軽いマッサージ。 一通り終わったら湿布をしてもらう。

 まだ二日目なので効果が出ているのかどうかは全然分からないが、少なくとも治療が終わった後は頸周りなど多少スッキリしているのは確かだ。

 明後日は、整形受診。 また多分写真を撮るのだろうが、受傷後2週間を経過したし、前より骨、くっついてるといいなあ。

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2006年2月20日 (月)

シエスタ2

 朝、起きて昨日終わりきらなかった部屋の片づけをした後なんとなくスカパー!のMusic Air Networkを見ていたら、Stevie Wonderの無茶苦茶久しぶりな新譜等々がかかっていたのでそれを見ていたら昼になってしまった。

tcrtt_de_objet__dart  昼から、オブジェなFS-TCR-TTを天井から下ろし整備に入ろうとするも、またまたなんだか睡魔が。 例によって2時間だけ寝ようと床に就くと、どうやら夕食を報せる内線電話はなったらしいのだが起きる気力もなく、「ああ? もう朝かあ?」と目覚めたのが日が変わった午前1時くらい。 これではシエスタではなく単なる昼夜逆転である。

 とりあえず、TCR-TTの整備に取りかかる。 とは言っても深夜にあまりドタバタするわけにもいかないから、クランクを170mmのものに替えたのと、変速の調整、ブレーキの調整くらい。 白熱灯で照らしている室内は光量が足りないので細かい作業に苦労。 ヘッド周りは夜が明けてからにしよう。

 ところで昨年の事故の影響で、ハンドル右側周りにダメージを負っている。 見た目でもハンドルバーが内に曲がっているのが分かる。 また、SHIMANO 105のデュアルコントロールレバーもブラケットカバーや本体が傷ついている。 とはいうもののレバーを若干外目にセットすれば乗れないことはない。 変速に関しても影響は無いようだ。 あとは、目に見えないカーボンフォークの内部的ダメージが心配されるところなのだが、どちらにせよこんな夜中にどうなるものでもない。 これも later on とする。 さて、なんでハンドルバーやデュアルコントロールレバーのダメージに指して拘っていないかというと、TCR Composite 1の導入によってノーマルロードレーサーとしてこのバイクを復活させるつもりがあまり無くなってしまい、どうせ元々TT(タイムトライアル)用のフレームなのだからカフェTTマシンに仕上げてしまおうと思っていたからで、なぜ今までやらなかったかというと単なる資金難による。

 「どうせ一遍には出来ないのだから」と、細々パーツをそろえる方針に切り替えたら年が明けてProfile DesignCBX PROという、カーボンファイバー製DHハンドルバーを安く入手することが出来た。 後はこれに合うステム及びバーエンドコントローラ、ブレーキレバー程度で復活できそうかな? でもどうせなら10速化もしちゃいたいなー、…というところに今回の事故だ。 全損したCompsite 1は只今バイシクルショップに入庫中、自分も怪我はしてるが大分良くなってきたし、お外は無理でもおうちで乗ろうということでのTCR-TT as normal bike としての復活作業なのだ。

 話は変わるが夕食をぶっちぎってしまったので今頃猛烈に腹が減ってきた。 お茶漬けでも食うか、それとも同じカロリーなら偽ビール(麒麟淡麗グリーンラベル)でも買いに行くかな。

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2006年2月18日 (土)

シエスタ

 昨日、一昨日と寝るのがとても遅かった割には早起きをせねばならなかったのでとても眠く、「絶対昼まで寝てやるぞ!」と思ったら8時半に目が覚めてしまった。

 なんか悔しいが二度寝をする感じでもなかったのでそのまま起き、ふと思い出してDMを見てみたらローマ歌劇場のオペラ『トスカ』先行前売り発売が今日の10時からだというのでそれを取るべ@niftyがパソコン通信サービスを集結して以降ほとんど用が無くなった『秀term』を久々に立ち上げ自動リダイアルをさせた(チケット取りのリダイヤラーやNTTエンジェルラインサービスの為にはこのソフトウエアとモデムは捨てられない)が、全然つながらない。 結局20分ほどしてようやくつながったので勇躍
「エコノミーを下さい!」
というと、
「エコノミー、D席とも完売いたしました。」

 エコノミー席が¥10,000に対してS席はなんと¥55,000もする(なんでこんなに違うんだ)。  ちなみにD席で¥27,000、若干残っているというC席でも¥34,000! いくらローマ歌劇団といえどもこんなに払える余力は全くない。 ないので、泣く泣く諦める。

 ところで話は変わるが先日の事故でGiant TCR Composite 1が全損した。 身体はまだ治療中ではあるけれどその間運動しないと体はなまるし体重は増える。 なので、一年ほど部屋のオブジェとなっていた同じGiantのFS-TCR-TTを復活させ、明日乗れるようなら外乗り、無理なら部屋でローラーを回そうと思ったのが、こいつを走らせるようにする為にはまず自室を片づけなければならない。 「足の踏み場もない」とはまさにこのことを言うのだろうと言う状態だ。

 休もうと思っていたところが早く目覚め、チケットの結果も10時半前に出てしまったので午前中を部屋の整理に当てた。 「掃除」というより「整理」に過ぎないが。 前に、DMやらなんやらを段ボール箱に一時的に避難させていたそれには手がつけられなかったものの、とりあえず一塊になっているので箱ごと隣室に移動させておけば場所は稼げる。 こうして昼前には「なんとかなるな」というところまでこぎつけた。 だが、昼食を採ったらたまらなく眠くなり、「14時半まで二時間ほど寝よう」と目覚ましをかけたのだが、電話で目が覚めたら17時過ぎ。 しかも今日午前着で発送を頼んでおいたPolar心拍計、S720iバイクマウント、スピード及びケイデンスセンサーが運送業者の手違いで本日発送、明日着荷になるという。 なんだかがっくりである。 おまけに夢見もとても悪かったし。

 さて、これからどうしよう?

 とりあえず自転車を天吊りから下ろしてハンドル周りとシフトチェンジを調整すればとりあえず事は済むが、クランクを現在の165mmから手持ちの170mmに付け替えたいな。 …とここまで書いていて気が付いたがSPL-SLなペダルがない。 Compsite 1に付いたままバイシクルショップに入庫している。 SPDな7400番台デュラエースならあるがもうロードレーサーでSPDを使う気にはならないし、仮に使うとしてもシューズのクリートを付け替えなければならない。 こんなことならPolarの用品と一緒にペダルを頼んどくんだった。 後の祭りだけれども。

 ということで、長いシエスタから醒めて思いついたことを一気に書いてみた。 例によって推敲はしていないので読みづらかったら途中で止めて頂いて構わない…なんてことを最後に書いてもしょうがないか。

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2006年2月15日 (水)

本日通院

 今日、かかりつけの昭和大学藤が丘病院整形外科で受診。 先日の結果を受けて再度レントゲンを撮った所、肋骨はどうやら2~3週間くらいでほぼ大丈夫とのこと。 胸椎も写真を撮ったのだが、こちらは問題なさそう。 やれ、よかった。

 あとは首が痛いのが問題だが、結局の所頸椎「捻挫」なので痛くなくなったらよいということなのだろう。 まあ頸椎症を抱えている以上、頸が全く痛くなくなることはあり得ないのだけれど、これはこれで良しとしておこう。 ところで前掲通り頸にはカラーをはめているけれど、最初「持ってますから」と新品をつけるのは辞退したのだが、家に帰って古いカラーを見てみたら10年も経ってさすがに汚くおんぼろだったので、この際新調することにした。 結局加齢でそのうちまた痛み出すに決まっているのだから、「女房と畳は…」てな具合である。

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借金で…、

image.jpg 首が回らないザーンス。

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2006年2月13日 (月)

大分ラク

 鞭打ちの首にカラーを、骨折した肋骨と胸椎の為にバストバンドをして過ごしていたら、身体の動きは制限はされるのだけれどそのおかげで不用意に傷めたところを動かしてしまうことがないので、肉体的にも精神的にも負担が少ない。

 事故後数日はやれ病院の会計だ自分的現場検証だ通院だ…で休まらなかったのだが、昨日、一昨日とやっと医者の言う通り横になって身体を休めることが出来たおかげで、大分ラクになってきた。 首は相変わらずカラーを外して大きめな動作をしようとすると痛むが、肋骨は当初大きな呼吸だけで痛んだのが、まだ「傷んでるな」という感じはするけれど前みたいには痛まなくなってきた。

 明後日(2/15)、整形外科の受診の予定。 この時ドクターにチタンの髄内釘が入ったままMRを撮っていいのか確認しなければならないことを備忘として書いておこう。

 それにしても、せっかく瞬間最大風速的に72kgを切ったというのに、ちょっと運動出来なかっただけで73~74kg台に戻ってしまったのが悲しいなあ。

 明日は被害を受けた物の写真を撮って、保険対応できるものは修理見積を取れるようにしよう。

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2006年2月12日 (日)

養生

 昨日、ご家庭用マシンにおけるWindows XP MCE 2005の電源管理の問題でDELLのサポートと2時間近く丁々発止とやり合わざるを得ない羽目に陥ったためゆっくり休めなかったのだが、トリノオリンピックでの上村愛子の表彰台を観るためにそれでも21時頃床に就いた。

 放送開始30分前に目覚ましが鳴るようにセットしていたのだが、30分近くぶっちぎってしまったらしく、午前4時。フィギュアスケートのペアショートプログラムをやっている。 ありゃ、もう終わっちゃったのかな? と思い、目も覚めてしまったのでそのままTVを点けっぱなしにしていたら途中唐突にリプレイが入り、結果も分かった。 5位かあ。 残念だけどあの素晴らしい滑りをして、それで上回られるんじゃ仕方ないかなあ。 それにしても、その後も再々放送されたリプレイで日本人選手しかやらないので、上が一体どれだけのパフォーマンスをしたのかさっぱり分からない。 メダルが期待された日本人選手がいたのだからそれもさもありなんとは思うけれど、あまりにも偏りすぎているように思う。 まあ、ちゃんと起きられなかった自分が悪いと言えば悪いのだけど。

 結局目が冴えてしまい、それから空腹と戦いつつ朝。 ただ朝食を採ったら猛烈に眠くなってきたので再び床に就くと、気が付いたら午後1時過ぎ。 なんだか事故以来、久しぶりに十分に休んだ気がする。

 一昨日までまだぼーっとした感じの残っていた頭はすっきり。 相変わらず鞭打ちの首にはカラーを、折れた肋骨と胸椎のためにバストバンドを巻いていて上体の動きに規制はかかるのだが、大きな呼吸をしたり前にかがみ込んだりした時に感じていた胸と背中の痛みは大分引いてきた。

 その後、昨日解決せず、またサポートの対応が非常に木で鼻を括ったようなもので頭に来ていた家庭用PCの問題解決作業にかかる。 具体的には、『電源オプションのプロパティ』で『システム スタンバイ』をn分後に設定しても自動的にスタンバイに行かないという症状である(昨夜は「リカバリして工場出荷時設定に戻せ」と言われてかちんときてしまったのだ)。 とりあえず、Winの動くマシンは今現在3台ある。 なので、こちらで検証してみようと自分用のマシン(XP Pro.)でやってみたら、自動スタンバイしない。 ありゃ。 ここからWebを色々と調べた結果、Symantec Norton Anti Virusの、Auto-Protectが生きているとこの症状が出るという記事を見つけ、ネットワークから切り離した上でこれを殺してみたらあっけなく自動スタンバイに行くようになった。

 さて、じゃあ同じ事やるか、と家庭用マシンに向かったのだが、全く状況が改善しない。 仕方がないのでさらに調べてみたら、Windows Messengerがバックグラウンドで動くことによって自動スタンバイを阻害していることもあるという情報を得、アンインストールしてみたがやはり変わらない。 結局のところ、不服ではあるがリカバリしてみるしかないのかなと思う。 だが、母が「プリンターで印刷が出来ない」という別のトラブルを持ち込んできたのでそちらを解決しようと母のアカウントでログインしてトラブルシュートをし、ついでに全く期待せずに『電源のプロパティ』でシステムスタンバイに入る時間を1分に設定して、その後PCから手を離して紙の読み物に目を通していたら、突然スタンバイに入った。 「??? あれ~???」 念のため状況再現してみたら、ちゃんと自動スタンバイする。 結果は歓迎すべきだが、何故こうなったのか分からず非常に気持ちが悪い。

 ただ、これはあくまでそのアカウントに限定した事なのかも知れないと思い、昨日から作業をしていた自分のアカウントに戻って同じように設定をしてみたら1分でスタンバイに入った。 …謎だ。 なんでだろう? んー、まー、結果オーライと言うことにしておこう。

 ところでなんでシャットダウンでなく自動スタンバイに拘るかというと、このマシンがテレパソだからであり、タイマー録画をするのにシステムを落としてしまうわけにはいかないという理由に端を発しているのだが、MCE 2005の設定には、録画終了後マシンステータスをどうするか(「なにもしない」「スタンバイ」「休止」「シャットダウン」)というパラメータが無い。 スタンバイ中に勝手に録画してまたスタンバイに入るというシークエンスであれば問題はないのだけれど、その時にユーザがログインして作業をしていて、じゃあ作業終了と言うところでスタンバイしようとすると、「現在録画中。 スタンバイに入ると録画が中断される。 よいか?」というようなメッセージが出る。 これはこういう仕様なのだから当たり前だと思うが、もうこの後寝る、という時であっても、録画中断を避けるためだけにPCをウエイクアップさせたままにしなきゃいけないのかという問題が発生するわけである。

 で、MCEにステータス変更のパラメータが無い以上、Windowsの電源管理で自動スタンバイに行ってくれないと困るわけだが、これが、唐突に直るまで出来なかったと言うわけだ。

 なんだか腑に落ちないけれど、ある程度環境移行をしたところでリカバリをかけずに済んだということで良しとしておこう。 大体が身体に怪我をかかえ、これからまた事故の事後処理の続きで精神的に負担がかかることが予測されているだけに、一つでも不安な要素が潰し込まれるというのは幸いだ。

 さて今日は男子のアルペン滑降とスノーボードハーフパイプがあるのか。 観よう観よう…って、先日から突然僕の部屋だけBSアナログが受信できなくなってしまっているんだよな。 これも原因がさっぱり分からない。 ああ、どうしよう…。

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2006年2月10日 (金)

各種、コメント下さった皆様へ

 レスポンスが出来ておらず、誠に申し訳ありません(事故の件だけでなく、PCの件についても)。

 事故発生から本日まで、まずは事後処理や通院等どうしてもしなければいけないことが山積みで、ただせめて現況だけはお知らせしておこうと回らない頭を回してなんとか本記事だけは書いておりましたが、正直言ってそれでいっぱいいっぱいでありまして、コメントへのレスポンスまでとても出来ませんでした。

 もちろん全て拝読いたしております。 お見舞いメッセージや貴重なご意見等、大変ありがたく思っておりますので、お返事を書けないのが誠に心苦しいのですが、勝手ながら何卒状況をご理解賜れば幸いでございます。

 前記事で書きました通り、「しばらく大人しくしていろ(というよりむしろ、「横になってろ」でしたが)。」ということなので、とりあえは従うことにいたします。

 改めまして、コメントを頂戴した皆様へ、ご返信がまともに出来ていないことを陳謝すると共に感謝の意を表します。 どうも有り難うございました。

 とりあえず今日の所はこれにて。

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掛かり付け病院にて

 やっと終わった。今から帰る。

 整形は追加でレントゲン撮り、頸椎捻挫、第八肋骨一本やや折れ気味、第六胸椎にややヒビが入っているようにも見えるが様子見とのこと。
 脳外科は三宿のCT視た上で各部反応等診てもらった結果問題ないだろうと言う所見だが、念のためMRを撮るのを推奨されたのだけれど、髄内釘の金属反応が磁気共鳴にどのように影響するかその場で確認できなかったので、次回整形通院時(2/15)Dr.に関連及び可否聞いてみてくださいと。

 アタマは大丈夫だけど、頸椎捻挫(要するに鞭打ち)の方を養生するためしばらく大人しくしてなさいと言われた。

 追加で10枚以上レントゲン撮ったけど、特別な検査は行わなかったのに朝から行って夕方までかかったのは、健康保険を使えるのかどうかとかの事務的手続きや待ち時間が長かっただけで大した意味はない。

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2006年2月 9日 (木)

事故、事後処理等々

 今日は、色々やらなければならない。

 まずは昨晩車に載せたままになっていたロードレーサーを下ろし、ダメージのチェック。 写真は後日アップするつもりだけれど、「フレームが折れた」と言うのは言いすぎであった。 具体的には、一見しただけだとトップチューブ(ハンドル周りとシートポストを接続する一番上の前後方向に通るパイプ)の右側面から下方を通って左側面まで塗装が剥げているだけに見える。 ところがよく見ると、禿げた塗装下のカーボンフレーム本体は表面のレイヤーが剥げ、亀裂が入っている。 どちらにせよこれではもう乗れないことだけは確かだ。 意外だったのはこれ以外の箇所にほとんどダメージが見て取れなかったことである。 フロントブレーキシューがホイールに接触していたのでホイールもしくはフォークも逝っているのかと思ったら、フォークに付いているブレーキ本体が、衝撃で留めネジを中心にして少し回ってしまっただけのようだ。 ホイールは軽くチェックしただけでは前後ともこの事故が要因だと思われるような狂いは見受けられなかった。 ただ、フロント側はリムの、シューの当たる部分が一カ所擦り傷になっていた。 パッと見はこの程度である。 細かいところはもっとチェックする必要があるだろうが、頭部を強打し事故直前10分くらいの記憶を失っているほどの落車であったのだから、完全に廃車かと思っていたのだけれど、これなら(あくまでパッと見ベースだが)フレームそのものをなんとかすれば後はこのバイクからスワップすれば済みそうな気配すら漂う。

 とはいえ、これにかかり切りになっているわけにはいかない。 というより、もっと優先順位の高いことが山積みだ。

 所轄の渋谷警察、物損相手、保険会社へ一通り連絡。

 交通捜査課の担当者は、当夜現場懸賞に立ち会っておらず、報告書もまだ上がってきていないので事故のいきさつについての詳細は不明だと言った。 ただ分かっているのは「相手の車の横を通り過ぎる時、転倒しその車に接触した」とのこと程度であり、これも相手の証言なので詳しくは相手に僕の方から確認してくれとのこと。 また、僕自身は救急搬送されて病院で処置(と言っても治療的なことは顔面の擦過傷の養生だけで、むしろ脳外科的・整形外科的に異常がないかの検査で終わった感があるが)を受けているので人身事故扱いかと思ったら現在の所物的事故扱いになっているそうだ。 これは人身事故になると処罰関係が発生したり各種手続きが煩雑になる為の判断だと言うことだった。 後日、なにか人的被害が発生してこれを人身事故に切り替えることは、色々と面倒なこと(双方の事情聴取等)を行う要があるがそれは処理的には可能だと。

 物損相手は、事故当日は全く会ってもいないのだが、電話をしてみると冷静な方でひとまず安心。
「人間で言えば、かすり傷ですよ。 コンパウンドで磨いて終わらします。 工場に入れる気は毛頭ありません。」
とのこと。 再々述べるように僕には事故時の記憶が一切無い。 てっきりその車に突っ込んだものかと思っていたら、彼に依れば
「信号が青に変わる直前に、左ミラーに自転車が回転(柔道で背負い投げられているような感じだったらしい)してくるのが見えたが、自分より後方で起こったことであり、信号は青になり、接触音も衝撃も何も感じなかったから接触したとは全然思わなかった。」
ので、そのまま進行しようかとしたら助手席に乗っていた(ちなみに左ハンドル車である)奥さんが、
「あなた! ちょっと止まって!」
と言うので初めて自分が巻き込まれた事故だと気づいたそうだ。
 先に「溝にはまって転倒したらしい」と書いたが、僕は放り出されて頭から路面に落ち、バイクは縦回転しつつ相手車の左側面を僅かにかすめて擦り傷を作ったと言うことのようで、凹みすらないとのことだ。 それが故に自分で磨いて終わりにしてしまうとし、仮に後から多少問題が見つかっても「あとからどうこうは言いません。」との言質も取れた。 むしろ、物的に大したことがないのであまり話を複雑にしたくない(相当多忙なのでこのことで時間を取られたくないというのが本音のようだった)とのこと。

 保険は、昔仕事上の付き合いで加入した個人賠償付き障害保険。 携行品破損特約もついているので、相手への賠償が生じた場合、これをカバーしてくれるのは心強い。 但し自転車は携行品の範疇に入らないのでこれについては担保されないのは仕方ない。 肝心の傷害保険だが、医療費を見てくれるものではなく通院保険金で日額固定の2,500円。 足は出るだろうが少しでも足しになる方が絶対にいい。

 次に、万が一後遺症が出ないとも限らないので、一昨年ビッグスクーターに跳ねられた時からお世話になっている昭和大学藤が丘病院に以降の治療をお願いする段取り。 健康保険の関係で(一般に、交通事故では健康保険は使われない)ちょっと煩雑なことになったがそれはなんとかなりそう。 ただ、折角一度撮影したCTスキャンや各種レントゲンを再度撮影するのは金の無駄だとも思うのでこれらを貸してくれるように三宿病院に頼んだら、もちろんお返し頂きますがというくらいで快く応じてくれた。 既に会計窓口は開いているので昨日の医療費が幾らになるのかを尋ねた。 昨夜は会計できないので一時金として10,000円置いてきてある。 すると、全部で10,570円だと言う。。 なので、追い金で570円払えばいいだけだ。 さらに、昭大藤が丘病院の方で初診料がかかるのも勿体ないので紹介状を書いてもらったらそれが600円。

 それら諸々の事を電話で段取って、14時半くらいに三宿病院に向けて外出。 朝、昨日に比べるとスッキリしていた頭がなんだかまたぼーっとする。 だけではなく、頸椎及びその周辺、肋骨前面及び後面(背骨の周囲?)がちょっとした動きでかなり痛む。 一番困るのは頭の症状だ。 ぼーっとするだけでなく、なんとなくふらつくし何より思考がうまくまとまらない。 とはいえなんとか今日中にやることを済ましてしまいたい。

 三宿病院での手続き等はすぐ終わった。 この後、渋谷警察を訪ねて出来れば現場検証をした警察官と現場に行き、何がどうしてこうなったのかという事を説明してもらおうと思っていたのだが、彼が今日明け番で不在とのことで仕方なく独りで赴き周辺写真を撮影するも、なにぶん事故10分くらい前からの記憶が一切無く、どこで転倒したのかすら分からない。  ただ目撃者の「溝にタイヤがはまって」と言う証言を信じるなら交差点直前に幅2センチくらいの隙間が2メートルほど開いていて、引っ掛かるとすればこれ以外無さそうだ。 現時点ではただの憶測に過ぎないが、どうにも自分に何が起こったか知らないではいられない。 何十枚も撮影していたら完全に夜になってしまった。 尤も、事故が夜だったので、道がどのように見えるのかを再現するにはこの方が好都合ではある。

 以上を終えて帰宅。

 本文は、心配して今朝の朝一でメールをしてきてくれた二十数年来の友人に対する返信として送った物をリライトしているのだが、一向に思考がまとまらず、元々だらだらした文章が更にこんな長文になってしまった。  読みづらいかと思うがどうぞお許しを。

 明日は昭大藤が丘に行く。 頭はますます回らなくなってきたので、時間も時間だし休むことにする。
 では、お休みなさい。

 

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おはようございます。

 前記事をご覧になってご心配頂いた方もあろうかと思うが、幸いなことにさっき(午前8時くらい)無事目が覚めた。
 よかった。天国(地獄か?)じゃなくって。

 さて、具合はどうかというと脳震盪は引き頭がぼーっとしているのは取れたが、代わりに体があちこち痛い。 まずは元々5番・6番が傷んでいる頸椎、左肩、左の肋骨、そして背中(脊柱なのか胸骨の裏側なのか判然としない)。 昨日痛かった左の足首付近はそう痛くもない。 一番心配なのはやはり首である。 一応、搬送された病院ではレントゲンを撮ってその所見上は「(頸椎症は元からのようなので)問題ないですね。」というようなことを言われたが、やはりもう一回診てもらうべきなのかも知れない。

 とりあえず今日しなければいけないのは、クルマに積みっぱなしのレーサーを下ろすこと、渋谷警察に行くこと、物損の相手に連絡をしなければいけないことだ。

 今、朝の陽光が差しているが、その中でフレームの折れたバイクを見るのは辛い。 とはいえ時間を事故る前に戻すことは出来ないので現実を直視しよう。

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事故。

 骨董屋からの帰り、食事を多めに採ったせいもあって、明治通りをチャリ(Giant TCR Composite 1) でゆっくりまったり走っていた。 自分で言うのも何だが、安全には普段よりよほど気を配っていたつもりである。

 気が付いたら地べたにすっころがっていて、救急車が来ていた。

 何がなんだかさっぱり分からない。 ただ場所はどうやら宮益坂下交差点のようだ。 救急隊員や警察官に色々聞かれるが、頭の芯がぼーっとしていて全然事態も言っていることも理解できない。

 しばらくして、どうやら自分は事故ったのだということが状況的に分かってきた。 だが、おそらく数分前に通過した神宮前交差点の後から救急隊員に起こされるまでの記憶が全くない。 聞いた話を解釈するに、地下鉄工事中である明治通り(鉄板敷きになっている)の、なにか隙間のような溝にタイヤがはまりこんですっ飛び、その時同じ方向に走っていた自動車と接触したらしい。 …が、何も覚えていない。

 とにかく救急車に乗せられ、簡易的にここは痛いかそこはどうかというような事を聞かれたような気がするが、脳震盪を起こしているようで相手の言っていることがよく分からない。 とにかく頭がぼーっとしてフラフラすると言うことと、左の足首が痛いと言うことは言ったような気がする。

 (おそらく)警察官から、窓口である渋谷警察と、僕が接触したとされる自動車の運転手の連絡先を書いた紙片を渡される。 だが相変わらずぼんやりとしか理解できない。

 とにもかくにも家に事故を起こした事を連絡しなければならないと思い、携帯電話で事態を伝える。 ひどくびっくりした声が返ってきた。 とりあえず救急病院に搬送されるからと言うことは伝えた。

 チャリを現場に残していくわけにもいかないので一緒に救急車に載せてくれたのだが、トップチューブのヘッド寄りの所が折れかけている。 なんてこった。 買って一年もしないで廃車か…。 しかも話を聞くに自損及び他車への物損、これでは修理代など出るはずもない。 どうしよう…。 混乱した頭でぼんやりとそんな事を思う。

 病院に着き、触診及び受傷したと思われる箇所のX線撮影と頭部のCTスキャンを受けた。 上がった結果を見て医師は特に問題ないようだが後日何かあったらまた受診してくれという事を告げた。 あの脳震盪の具合からして、もしもヘルメットを被っていなかったらと思うとぞっとする。 結局、処置らしい処置は右頬に出来た擦過傷を養生しただけで、あとはなんの治療もされず、帰っていいですよと言われた。

 時計を見ると午前零時をはるかに回っていた。 もちろんダメージを受けたレーサーに乗って帰ることなど論外だが、電車ですら帰れそうにない。 まだぼーっとした頭で考えをめぐらせ、とりあえず自宅から迎えに来てもらおうと数回電話をするが誰も出ない。 仕方がないので、近場に住んでる誰かにヘルプを頼もうと思っていたら、唐突に両親が現れた。

「あ、来てくれたんだ?」

というと、

「だから行くって言ったじゃない!」

と返された。 全然記憶にない。 その後、もう都内に自転車で行くのは止めてくれとか、僕が回らない頭で答えた言葉が気に障ったようで、そんなことを言う前に心配かけてごめんなさいとか来てくれてありがとうとか言うのが当然でしょと叱咤された。 全くもってその通りなのだが、なにせその場で受け答えをしていてもまだ頭が朦朧としているのだ。 所詮言い訳だが。

 結局、彼らが病院まで来た自家用車にレーサーを載せて、僕は後部座席で帰路をぼんやり見ていた。

 家に着いて、クルマを降りるとあまだフラフラする。 これを書いていても頭が回転していないのが自分で分かる。 足首の痛みは引いたが、元々煩っている頸椎症にかかった衝撃のせいか、首が痛い。 そんな状況下でなにも普段サボっている日記を書かなくてもよさげだが、明日になると記憶が混乱してそうなので自分への覚え書きという意味も含めてなんとかキーボードを叩いている今だ。

 今日のところは病院から家に直帰したが、事故処理のために渋谷警察に行かねばならない。 対物被害者の方にもお詫び(と言っても事故の瞬間を全く覚えていないのだから、なにをどう謝ればいいのか分からないが)をせねばならない。 個人賠償付き傷害保険に加入しているのでそちらへの一報も必要だ。 また、予後によっては身体の精密検査も受けなければならないかも知れない。

 そのようなことが系統的にはバラバラに頭に浮かぶ。 レーサー大破のショックは、今はまだ明確ではないけれど、多分明日の朝(もし)目覚めたら、じわじわと来るに違いない。 なんにせよ、緊急入院が必要なほどの身体的ダメージではない(と判断された)事は一つの救いではある。 やっぱり人間、命あっての物種だとしみじみ思う。

 それにしても、昨年の9月くらいからこっち、取り憑かれたように物が壊れたり壊したりしている。 たつのすけSさんから、「新しいニックネームを付けたよ。 その名は『ハードディスク・クラッシャー』。」などと揶揄されたが、昨今の事態を鑑みるに『破壊大魔王』と言った方がいいのではないかという気すらする。

 責任転嫁をするわけではないけれど、こうも物が壊れる事が続くとのろいでも受けているのじゃないかと言う気になってくる。 いつぞやも書いたが、不信心者かもしれないが一回くらいお祓いに行っても見てもいいような気分だ。

 さすがにここまで書いたら頭がさらに朦朧としてきた。 なんにせよ今出来ることは休養だけなので、この辺で止めて布団にはいることにする。

 どうぞちゃんと朝目覚めますように。

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2006年2月 5日 (日)

LSDな一日

 独行で小田原まで行き、引き返しで鎌倉から大船を回って128km乗ってきた。 出た時間が遅かったので帰りは真っ暗。 寒かった。 疲れた。

 家に帰ってきてすぐ体重計に乗ったら、71.6kg。 ピークの87kgより15kgほど落ちたことになる。 もちろんその後夕食を採るので若干は戻すだろうが、ようやく60kg台が見えてきた。 とはいえ以前入院した時に、栄養士さん(可愛かった)に算出してもらった標準体重は62kg。 まだまだ先は長い。

 とりあえず、疲れたので子細はまた後日。  はぁ~、眠い。

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2006年2月 4日 (土)

里山でMTB

 今日は、Inagakiさん地元のフィールドでMTBに乗ってきた。 肉体的疲労度は今年最初のランよりも少なかったのだけれど、なんだか朝からやっていることが思い切りちぐはぐ。

 まず、イタ坊にMTBを載せて国道に出たら思い切り渋滞で時間通りに着けない。 着いて各種装備を取り付けていたら、夕刻に備えて常備の筈のバッテリーランプがない。 工具を入れたサドルバッグもない。

 遅刻した関係もあって、クルマを止めた場所まで彼に来て頂いたのだが、走り出してPolar(心拍計)のスタートボタンを押してもストップウオッチだけ動いて、心拍も消費カロリーも表示されない。 あ…。 心拍計のセンサーバンドを胸に着けてくるのを忘れた。
 とまあ、そんな感じでスタートしたのである。

 僕は僕で夜七時半から地元で自治会の地区委員会に出なければならないし、Inagakiさんも愛猫の避妊手術抜糸のため夕方には獣医にいかねばならないということで無理のない彼の近場の里山を繋ぐ。 前回の町田・八王子境に比べると若干ラクな印象を受けるコース。 それにしても今日はとても寒い。 普段なら発熱してウインドブレーカーは脱いだり着たりするのだが、全く脱ぐ気にならない。
 色々巡り、途中激坂を登らされたのだが、この時壁のようになった斜面で車速が0になり、そのままほとんど「立ちゴケ」してしまった。 この時、右をしたにして転んだのが悪かったのか、どうも変速の具合がおかしくなった。 今日のスポーツバイクはいわゆるインデックスシステムという物を採用しており、言ってみればクリック一つで変速する。 これはディレーラー(変速機)の位置極めが正確であるからこそ成立するシステムで、二昔前のようにディレーラーの移動具合をレバーの手動調整で微妙にコントロールしてやる必要がないというものである。 なのだが、一旦位置極めの具合がおかしくなると、変速レバーに手を触れていないのに勝手に変速してしまう、ということも起こりうる。 まさにそのような状態が現出していた。 とはいえ全てのギアでそうなるわけではなく、一部のギアのみであるので、注意して使えばなんとかなる、という感じではあったのだ。

 だが、あるシングルトラックに入って、急な登り勾配が出てきたのでフロント=ミドル リア=ミドルくらいから一気にインナー・ロー(車で言えば一速である)まで落としたら、突然転けた。 見てみると、チェーンがリア・ローギアとハブの間に落ちて噛み込んでいる。 無理矢理チェーンを引っ張ると切れてしまいそうだ。 しばらく七転八倒。 と、あまり僕が来ないので訝しく思ったInagakiさんが戻ってきた。

「あー、ディレイラー、曲がってるじゃん。」

 見ると、プーリーケイジが見事に内側によじれている。 要するに、ディレイラーを取り付けてあるエンドが内側に曲がってしまったのだ。 そのため、ローに落とそうとするとそれ以上にガイドされてチェーンが落ち込む。

「とりあえず、エンド引っ張ってみ。」

との仰せでやってみたのだが、どうもあまり戻ってくれない。 結局、彼の手を借りて、その状態でディレイラーの動きを規制する調整を行ってもらった。

 これでとりあえず走れるようになったのだが、その後またアクシデント。 下りのシングルトラックを快適に進行していたら、突然すっ飛んで前転しヘルメットで着地した。 全てが一瞬のことで何がなんだか分からなかったのだが、見ると見づらいところに倒木があった。 これに全く気が付かず、そのまま突進した挙げ句ひっくり返ったわけである。 落葉が積もっていたおかげで大したダメージもなく復帰出来たが、これと関連しているのかどうか分からないのだけれどHAYESの油圧ブレーキラインの、レバー根元のところが折れるように曲がってしまっていた。 これはリプレースしないといつ何時破断してしまうか分からない。 がっくり、である。

 なんだか、今日はいろんな所をぶちこわしてしまった一日であった。

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2006年1月30日 (月)

ひさびさ、リアルタイム日記

 昨日の疲れからか(後で書くってば)、ちょっと朝寝をしてしまい起きたら起きたで疲労が貯まっている。 天気もいいし、どこかへライディングに行きたくもあったがいまいちモチベーションが上がらない。 うだうだやっているうちに午前も遅くなってしまった。 もう完全にチャリに乗る気は失せている。

 このところ、ロードレーサー・GIANT TCR Composite 1は全然メンテどころか洗車すらされていないので、午後はちょっとメンテをして、サドルを現在付いているERA Kから以前ヤフオクで落としたERA FXにでも替えようかなどと思いつつ、猫と遊んでいたら昼になってしまったので近所のコンビニに行きパンを食う。

 昼下がり、バイクの洗浄をした後、昨日境川サイクリングロードで落車したのもあって何を思ったかヘッドをバラし始めた。 何を隠そう、いわゆるアヘッドステムをバラすのは初めてである。 インストールされた状態から順番に小物を抜いていき、グリスアップした後戻そうとしてはたと気づいた。

 …小物を戻す順番が分からない。

 こんな時デジカメがあればよいのだが、何故か昨日から機能しない。 うろ覚えで戻すもどうも違う気がする。 もちろんこういうアッセンブリはきちんとインストールされていないと壊れる。 でもどうにも一部違う気がする。

 仕方がないので、仮に組んだ後、お世話になっているたかだフレンドにバイクを持ち込む。 とりあえずもう一度バラしてみなとの仰せでバラした後、小物を入れる順番を教えて貰ったら案の定間違っていた。 とりあえず正常な組み方になったが僕は物覚えが悪いし、手先も不器用なので、多分もう一度慎重にバラして組み直さないと覚えられないだろう。

 そんなことをやっていたらすっかり夕方になってしまった。 サドルの付け替えは又次回だ。

 さて、この一週間以上、このblogの更新をサボっていた。 書かなきゃなあとは思うのだが、どれもこれも結構な長文になってしまうのでやる気がしなかったのだ。 夕食を採った後これを、4~5話くらい書いていたのだが、結局「今日」に追いつかなかった。 やはり日々書かなければいけないなとは思うが自分の性格上貯め込んでしまうのでこの傾向は多分今後も変わらないだろう。

 さて、落車の影響で先日買ったばかりのCampagnoloのオーバーシューズ右甲が破れてしまったのを、1mm厚のゴム板でリペア等々していたらなんだかんだ言って午前1時を回ってしまった。 以前購入していたCastelliのオーバーシューズも似たような状況でこれは今もってリペア中である。

 とはいうものの、明日は築27年余を経た我が家のリフォーム見積に工務店さんがやってくるのでいい加減寝なきゃ。

 (ということで、飛んでる日付の分はまた別途書く(つもり)。)

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2006年1月24日 (火)

[NEW]自転車用品海外通販引取

 先日海外通販で共同購入をお願いしていた自転車用品(ウエア)が着いたとのことでInagakiさんの家まで行く。 道程はウエアであるので、汗をかかないよう自転車ではなくイタ坊(ユーノス・ロードスター)。

 着荷した時から、「iwappaには着れねーよ。」と言われていたProrace Wintex Winter Jacket Red/Black (size=3)は、ジッパーを閉じると弾けそうでこりゃ駄目だと言う感じ。 その他のブツはまあなんとか大丈夫そう。 ジャケット以外はなんとかなりそうだ。 「引き取ってもいいよ。」というInagakiさんの優しい言葉もあったのだが、もしかしたら痩せれば着れるかも知れないしとりあえず持って帰ることにする。

 で、ウチに帰って慎重に着てみたのだがこりゃ駄目だ。 痩せても着れん。 というのは、腹はともかくとして胸囲がパッツンパッツンなのだ。 特に大胸筋のあたりと言うより、肋骨で言えば5番と6番あたりの下の方がきつい。 ああ、どうしよう…てな感じだ。

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2006年1月23日 (月)

[NEW]チャリ通

 まだ日の当たらないところには残雪残る中、大塚までチャリ通。

 幹線道路は全然問題なくドライなのだが、路側帯内側の路肩には凍った雪が残っていて、それを踏んだら間違いなく落車して頭を自動車に轢き潰されるのでそれなりに慎重に行く。 ところでハートレートモニター・Polarを高度/気温モードにしていたら、日中にもかかわらず1~2℃くらいしかない。 発熱しているので体はどうと言うことはないが、-2~-3℃対応を謳うTEXTRANなCampagnoloのオーバーシューズの中の足がかじかむ。 先日同じくらいの気温で深夜帰った時はなんともなかったのに何故だろう?

 仕事に関しては取り立てて書くこともない。

 仕事が終わってからまたまた鐘庵に行って桜海老うどんを食し、帰る。 今日は長居をせずに早く出た。 帰路、気温は更に下がり最低で-2℃まで下がった。 にも関わらず今度は足の中は快適である。 ううん、謎だ。

【往路】所要時間 1:43:35 走行距離 38.83km 最高速 54.4km/h 平均時速 22.4km/h 所感 Middle Range Modeだが. 心拍=160より下がらない。…割にはタイム悪い。

【復路】所要時間 1:39:34 走行距離 38.77km 最高速 50.8km/h 平均時速 23.3km/h 所感 LOW→MIDレンジ。 やはりうどんはいい。

【往復】所要時間 3:23:09 走行距離 77.60km 最高速 54.4km/h  平均時速 22.9km/h 乗車前体重 72.9kg  乗車後体重 72.9kg  同体脂肪 15.6%

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2006年1月20日 (金)

[NEW]サイクルプロショップセキヤ&新年会

 こないだ買ったCampagnoloのウインターグローブ、非常に具合がいいのだが、2日使ったら左手の親指の股のところの縫製がほつれて身が出てきてしまった。

 いくらなんでもこれは初期不良だろうということで、早速購入したサイクルプロショップセキヤに電話をすると、すぐに交換してくれるという。 ちなみに武蔵小山にある同店までの往復は約60km程度、足慣らしにはちょうどよかろうということでレーサー GIANT Composite 1で往く。

 前回行った時はR246を二子新地まで行って多摩川サイクリングロードを下ったのだが、同じ道を辿るのも芸がない(ただでさえ二子までは通勤路と同じなのだ)ので、中原街道を行くことにした。

 港北ニュータウンが出来て以来、都築あたりは道がどう付いているのか未だにさっぱり分からないのだが、標識とハンディGPSを頼りに進む。 取り立ててどうという道でもないのだけれど、武蔵小杉あたりに来ると道がすごく狭くなり、とても走りにくい。 中原街道は拡幅とかしないのであろうか? 道を走っていると、江戸時代とまでは言わないが戦前の趣すらあるような気がする。 なにか、時代の波に取り残されたような家並みだ。

 丸子橋で多摩川を渡り、しばらくそのまま直進して目的地に。 不良品は即交換してくれた。 この時、展示してある完成車にSelle SanmarcoAspide Compositeが付いていた。 レーシングサドルというのはベースに薄いパッドが盛られ、表側が張られているのが通常だが、このCompositeは座面が全て薄いカーボン素材で作られている。 要は、板だ。 常識的に考えてこれでは痛いだろうと思うのだが、カーボンは強度と共に弾力性も備えている。 この辺で、「これって一体どうなの?」と前々から気になっていたモデルではあったのだけれど、いかんせん高い。 買ってみて、尻に合わなかったら最悪である。 ということもあって検討の俎上には乗らないモデルであったのだが、「どうなんすか?」と聞いたら店員さんが気軽に「座ってみます?」とバイクを出してくれた。

 で、実際座ったところ…、「あー、こりゃ、50km持たんな~。」という印象だった。 なにせ硬いのだ。 このところの僕の体重は74~75kgと言ったところで、ある人に言わせると体重があった方がしなりが出て楽だとのことだったがタイムトライアルならいざしらず、これで100kmやそこら走る気には到底ならない。

 結局、グラブの交換と、後述(前述?)するが、同じくCampagnoloのオーバーシューズカバーが、SHIMANOのシューズとの相性がいまいち悪く、ソールの爪先側に速攻で穴が開いてしまったののリペアでクリート(スキーで言えばビンディングシステムの靴側である)が思い切り減っていたのに気が付いていたので替えのクリートを、ついでにTIDY用のブレーキシューを購入して辞去。

 ところで、本日は僕が幹事をする新年会を自由が丘の沖縄料理店「なんた浜」ですることになっていた。 店員さんと話し込んでいたら、結構ヤバい時間にずれ込んでしまった。

 帰路、ひっちゃきになって飛ばす。

 家に帰り着いたら17時くらい。 待ち合わせは19時20分。 ギリである。 それでも汗くさいまま行きたくなかったので一応シャワーで汗を流し、駅まで歩き、横浜線で菊名まで行くと東急東横線は人身事故の影響で全線各駅停車運行とのこと。 げ… 間に合わないじゃん。 とりあえず、面子に同報で「遅れる」旨のメールを打って自由が丘に着くと待ち合わせ時間よりも3分ほど遅れただけであった。

 メンバーは、もう十年以上も付き合っている古い友人達。 一昨年の骨折沙汰の後に、退院祝いで飲んだ面子ほぼそのままである。

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 「なんた浜」はいい。 料理もうまいし、酒もいい。 まずは沖縄と言えばこれのオリオンビールで乾杯した後、

ゴーヤチャンプルー、
goya_champuru

もずく揚げ、
mozuku_age

とうふよう、
tofuyo

山羊刺し…
yagisashi

 と、もちろん食べ物も美味しいのだが、酒。 当然泡盛、しかも古酒(くーすー)。

まずは、菊の露。
kikuno-tsuyu

そして、久米仙。
kume-sen

 近所のコンビニが何故か泡盛を割と置いているのでよく買って飲むのだが(主に「島唄」)、正直全然違う。 何が違うって、味わいがとても深いのである。 あっと言う間にボトル二本空になってしまった。

 ここがいいのは、何も食と酒だけではない。 とにかく雰囲気がアットホームでよいのだ。 数年前、沖縄を旅行したことがあったのだがまるで当地のように和む。 今風の言葉で言えば「ホスピタリティ」とでも言えばいいのか。

 常に流れる三線の音がとても心地いい。

ojii  やがて、おじぃが三線を持って僕らの席に来て、何か歌えと言う。 とはいえそんなに琉球の唄を知っているわけではないので、「島唄」と「花」を大合唱。

 宴はいつまでも続き、いつしか閉店の時間まで居着いていた。

 帰ろうと思えば帰れたのだが、まだ飲み足りない。 意を察してかToshiさんが「ウチくる?」と言ってくれたので遠慮無く近所のご自宅にごやっかいになることにする。 この頃には外は雪模様であった。 先のセキヤからToshiさんのご自宅までは、レーサーならものの15分もあればつく感じだったのだが、天気予報に従い自粛して良かった。

 そこでも、結構飲んだ。 一人沈没、二人沈み…、というくらい。 結局数人は朝の5時まで飲んでいた。 夜が明けた外は、真っ白である。 つくづくチャリで来なくて良かった。

 早朝、かーつ君(ウルトラマンの中の人)とFukamiさんの二人が週末にもかかわらず「仕事なんで」と辞去した頃、僕も床についたのだが、10時くらいにTojyoがむくりとトイレに起きたのに釣られ、目が覚めてしまった。 二日酔い…というよりまだ酔っぱらっている。 何か食べるかとToshiさんの奥さんであるらいちゃんに言われたが、到底なにも入らない。 そのままずるーっと大雪の東京でまったりと過ごしたのであった。

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2006年1月14日 (土)

ガーン!!

 今、起きた。
 雨、降ってないじゃん!

 でもなんかどよーんと疲れているなあ…。
 仕事もせなあかん。
 くぅ…。

 あ? 昼から降ることになってる(by Yahoo!天気情報)。

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[RW]なんだかんだ言って…

 今やっと帰り着いた。 ものすごく消耗した。 あー疲れた(肉体的に、ではなく)。


 ということで、リライト(前日朝からのお話)。

 普段、EX(一週間連続装用)タイプのハードコンタクトレンズを使用しているのだが、夏場はまだいいとして空気の乾燥する冬場自転車に乗ると大変な思いをする。 もちろんアイウエア(平たく言えばサングラス)を付けているのだけれど、巻き込んだ寒風で思い切りドライアイになるし、その際におそらく埃も取り込んでいるので数時間も乗ると目は真っ赤、コンタクトと眼球の間がゴロゴロしてとても辛い。
 なおかつ、どうも右眼球とコンタクトのカーブが今ひとつ合っていないのか、パッと視線を大きく動かすと右目だけレンズがずれることがよくある。 こういうときは鏡がないと元に戻せないので往生するのだ。

 そういうことも考えて、ディスポーザブル(使い捨て)のソフトレンズを前に購入した。 ソフトレンズは、装用感がほとんどなく誠に以て快適である。 聞き伝えによるとハードよりもドライアイになりがちだとのことだが、実際に付けるとそういう感じはほとんどしない。

 ただ、問題があるのである。 それは、このタイプのディスポーザブルレンズは乱視矯正が全くされないということで、元より乱視のひどい僕としては「買ったはいいが、どうにも…」という感じでなかなか使用していなかったのだ。 とはいえ、ハードレンズの不快感はかなり堪らない。 ということで今回の通勤でどんな塩梅かテストしてみることにしたのである。

 こと日中に関しては、実は乱視による影響はほとんど無視できる。 問題は夜だ。 今までの経験では、点光源を見ると輝度の高い点光源の周囲に扇状にフレアというか、まあまさに乱視が出る。 これがどこまで夜間走行の邪魔にならないかというのが今次テストの骨子だ。

 さて、家を出てものの十数分。R246に出てすぐ、突然右眼の視界がおかしくなった。 目の前で何かがひらひらしている感じだ。 あれ?あれ? と思う間もなく右眼は裸眼状態(まるっきりピンぼけ)となり、ふと気づくとアイウエアの内側になにか透明なものがひらひらしている。 え? うそ? ソフトでも外れるの??

 すぐに傍にあったガソリンスタンドに駆け込み、トイレへ。 あわくって付けなおそうとするがディスポーザブルレンズは一度装用したものを外すとあっという間に乾燥してぺらぺらになり二度と装着できない。 結局、ゴミ箱行きだ。 一応、今回は「テスト」であったので万が一を考えて普段のハードレンズも持ってきていたのは不幸中の幸いで、右眼だけすぐにそちらに換える。

 変なものだ。 左眼にはなんの装着感もないのに右眼はハードの装着感がある。 まあ、これはこれでハードとソフトのリアルタイム実験になろうということで自分を納得させる。

 結局そのまま大塚の店に着いたのだが、やはり疲れるのはハードレンズの右眼で左眼は至って快適。 これなら自転車の時はディスポなソフトにしてしまおうかと思った。 ただ、いつもずれたり外れたりする右眼でソフトが外れたのは、やはりカーブの不一致が影響しているのかなあと思う。

 この日は結構忙しく、店に着いてからひたすら商品撮影をし、レタッチしてWebに上げるということをやっていたら案の定21時くらいになってしまった。

 例によって、鐘庵に行く。 ところで11日に来たとき「店長」と書いたが厳密には彼は現在の店長ではない。 というのは、この店は元々直営であったのを最近フランチャイズにしたためで、彼(N氏)は直営時の店長であり、現在の店長は別にいる。 なのだが、彼は彼でまだこの店に残っているという立場なのだ。

jinenjo-udon  店に行くと、N氏は既に上がっており、現店長とバイト数名がのシフトだった。 いつもいつも桜えびうどんも芸がないので、自然薯うどんをオーダー。 この芋もなかなかうまく、なおかつ桜えびうどんよりも「ああ食った」感が強いので、サイドオーダーを頼むべくもなかった。

 今日こそは早く帰ろうと思っていたのだが、帰り支度をしていたら現店長から話しかけられてまた長居をしてしまった。 結局、店を出たのが23時頃。

 それはそうと、自転車というのは風に乗るときもあれば抗うこともある。 運動であるから自己発熱はするのでモーターバイクとは違うがそれでも冬場は風により体温が奪われ寒いわけで、それを補う防風防寒着(と言っても徒に保温しすぎると蒸れてものすごく暑いので、Windstopperのような「風は防ぐが、発汗は飛ばす」という類のウエア)を着るわけだが、露出している顔面は正直言って凍れる。

suspicious_iwappa

 これを防ぐため、やはりWindstopper素材のフェイスマスクをして夜間は走るのだが、はっきり言って怪しい。 どれくらい怪しいかというと、(右掲)これくらいだ。 鐘庵には面倒くさくてこのままはいったけれど、これでコンビニに入ったら通報されそうな気がする。

 腹ごしらえを追えた後、外に出たら翌日から降るはずの雨がもう降ってきた。 げ… 聞いてないよ…。 とはいえ、このまま帰らざるを無い。

 しのつく氷雨の中、ゆっくり帰る。 というのは、通勤路に使っている明治通り(環状5号)は今東京メトロが真下で地下鉄工事を行っており、そこかしこの路上が鉄板で覆われているため、殊に細いロードレーサーのタイヤではちょっとしたことで足を取られて落車してしまう危険があるからだ。

 それだけではなく、深夜と言うこともあって工事は大盛況で、道が昼間以上に狭くなり、自転車が通る隙間もないほどの渋滞なのだ。 あまりのことに業を煮やしして歩道をちんたら走ろうにも金曜深夜、メートル上がった酔客が多くてこれも危なくてしょうがない。 おまけに後輪から跳ね上げた雨水が尻を濡らして冷たい。 こんなことならレインウエアを持ってくるんだった。

 結局、普段ならものの30分ほどで着く大塚~渋谷間に1時間近くも要してしまった。 これですっかりモチベーションは下がり、ペースは上がらない。 さらに追い打ちをかけるようにR246も集中工事。 やる気など出るわけもない。

 ところで従前にInagakiさんから強く指摘されたことの一つに、「iwappaの手信号、何がしたいのかさっぱり分からない。 タイミングもちぐはぐすぎる。」というものがあった。 この辺を踏まえて、最近は同行者がいるつもりでいろんな動作の時に手信号を出す(自己防衛の意味もある)ようにしているのだが、やっていて「ああ、ホント、自分、ダメダメ。」と思うことしきりだ。 何が一番ダメなのかというと、意志決定に迷いがあり過ぎなのだ。 「止まるなら、止まる。」というような、特に後続車がいる場合はっきりしなければいけないところで、迷う。 端的に言うなら、「停止」の信号を出しておきながら「あ、行けるじゃん。」となると停止せず進行してしまうようなことで、それを一旦信号を出した後に思い直してしまうのだからたちが悪い。

 独行でも気を付けてこのようなことの無いように務めているつもりなのだが、「あ、今の、ダメじゃん。」と言うようなことがままある。 こういうことは、日々気を付けて訓練するしかないと思うことしきりだ。

 それにしても深夜の都内は怖い。 流れていればクルマの巡航速度が上がっているというだけでなく、昼間とは比較にならないほど多いタクシーが、人を抜かしてそのすぐ先で客を拾う(下ろす)。 突然路肩から発進する。 ものすごくストレスを感じる。

 さて、肝心のコンタクトレンズテストであるが、結論から言えば夜間にディスポなソフトレンズは使い物にならなかった。 先に書いたようなフレアがひどく、点光源があふれる夜はロクに視界が取れない。 こうなると往路で早々に右眼をハードに換える羽目になったのも天の配剤という気がしないでもないが、右は右でドライアイと埃の影響でゴロゴロがさらにひどくなり、痛い。 とりあえず左をハードに換えたかったのだが、渋谷からの下り線にはコンビニ一軒ありゃしないのだ。

 ずーっと我慢をし、いろんなストレスに耐えて走ったが最後、鷺沼近くの峠の上にあるローソンに飛び込み、まず左のディスポを外してハードへ、右も一旦外してレンズと目を丹念に洗って再装着。 これでやっとほっとしたのだが、ここまで来れば実は自宅まで十数キロしか残っていないのである。

 そんなこんなで道中ストレスを受け続けで帰った結果、実時間で普通2時間のところが3時間もかかってしまい、大塚を出たのは11日より1時間早かったのだが帰ってみたら同じ午前2時。 肉体的には疲れていないのだけれど精神的にものすごく疲労してしまった。

 というわけで疲労回復すべく風呂に入り、ぱたんと寝てしまった。

 総括的には、

  1. ディスポなソフトレンズは使えない(夜間は)。
  2. ハードレンズは、痛い。

 ということで、そうなるとそろそろ今のハードレンズも寿命だし、乱視矯正が可能な通常使用ソフトレンズ(いわゆる、「トーリック」と呼ばれるもの)にでもしようかと思うのだが、いかんせんEX(連続装用)のものが無いのだ。 こうなると、どこへ行くにもレンズのケア用品と眼鏡を持って行かなければならず大変面倒くさい。 だが、いまちょっと調べてみたら1dayディスポなトーリックが最近は出ているらしいので、これを試してみようか。

【往路】 所要時間 1:43:45, 距離 39.4km, 最高速 不明, 平均時速 23.3km/h
【復路】 所要時間 1:53:15, 距離 40.2km, 最高速 不明, 平均時速 21.8km/h

【往復】 所要時間 3:37:00, 距離 79.60km, 最高速 51.1km/h, 平均時速 22.0km/h

乗車前体重 74.4kg, 乗車後体重 74.0kg, 同体脂肪 22.8%

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2006年1月13日 (金)

腹減った…

 只今、大塚の骨董屋。 仕事終わらん。 腹ぺこ。
 今日の仕事の結果を出すにはあと一時間以上かかるが(今、20:24)、とてもそれまでもたん。

 しかもその後実時間で2時間をかけてチャリで家まで帰らなあかん。 とりあえず仕事やっつけて腹ごしらえしてそれから帰ったら一昨日みたく家に着くの午前様だなあ。 ビバークもテだけど明日間違いなく雨だしなあ。

 ふへぇ…。

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だめだ。 あかん。 明日雨なら家で仕事しよう。 深夜のR246はやっぱ怖いし。(20:40)

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2006年1月12日 (木)

[RW]久々、ロードで出勤

タイトルの[RW]は「リライト」の意。

 昨日、数ヶ月ぶりに、チャリ通勤。 先日買ったCampagnolo製グローブ&シューズカバーの耐寒テストを兼ねる。

 今(2006年1月12日 22:34)、なんだかもう眠くてしょうがないので詳細は後日リライトする(つもり)。

 一言だけ。 耐寒テストは(深夜でも気温はそう下がらなかったみたいだが)バッチリ。 買って良かった!


 さてリライト。

 上で、22:34に「眠くてしょうがない」と書いたのは、出勤の翌日だったりするわけだ。 出勤日の1/11のこの時間は、実はまだ店にいたりした。 仕事が終わらなかったのと、blogやBBSの記事を書いたりしていたらこんな時間になってしまったのだ。

 さて、この時間に空きっ腹を抱えて40km彼方までチャリを漕ぐ気にはならない。 …ので、以前入ってお気に入りになった大塚駅傍のうどん屋に行く。 夏頃に一回行っただけだったというのに、店長さんは僕のことをよく覚えていて(…というよりハデハデなウエアで覚えていたのかも知れないが)、大いに話が盛り上がった。

shouan  店の名前は、「そば処 鐘庵(しょうあん)」という。

 初めて行ったとき、立ち食い蕎麦屋と隣接していてこれで商売バッティングしないのかと思ったものだが、入って食して納得。 ちゃんと棲み分けが出来ているのだ。

 立ち食い蕎麦屋はひたすら安く早く、鐘庵は味を、と言う具合。 もっとも鐘庵も商品出しすごく速いし、しかも安い。

 何故この店に惹かれたかというと、清水港直送の「桜えびうどん(そば)」があるからなのだ。

 昨夏に入ったときこれを頼んだのだが、本来刺身になる品質の桜えびを、注文が入ってから掻き揚げにしてくれる。 これが、うどんとは別皿で出てくるのだけれどお店の人が言うに「半分、カリカリのままで食べて、あとは出汁に入れるといいですよ。」とのことで、その通りにすると揚げたての桜えびの香ばしさや甘さ、そしてそれを出汁に入れた時のコクがなんとも言えずおいしい。

 ちなみにこれでお値段¥550である。 安い! それからすっかり気に入って、大塚に行くたびにいつもここ…という風には諸般の事情によりならなかったのであるが、この度ようやく念願叶ったのだ。

 …ということで、この日も桜えびうどんを食した。sakura-ebi_udon  右掲の感じで出てくる。
 これを、先に書いた通りまずは掻き揚げのみ、そしてうどんに入れて食べる。 おいしい。 あったまる。 ところで店名に「そば処」と書かれていながらなぜうどんばかり食べるのかというのには理由がある。
 本質的に、僕はうどんよりも蕎麦の方が好きなのだが、いかんせん蕎麦は消化が悪い。 ふだんなら別にどうということもないのだけれど、夕餉を採った後40kmの距離を運動しなければならない。 ということを考えるとなるべく消化の良いものを食べておきたいのだ。 さらに言うならラーメン(豚骨の、ギトギトの)なんか大好きなのだが、これは運動には最悪である(実は鐘庵のすぐ向かいに「ぼたん」という大好きなラーメン屋があるのだが、これは電車通勤の時以外とても食う気にならない。

 さて、店長と話をしていたら、「今日は暇だから」と、普段はまず出さない桜えびの刺身を出してくれた。

sakuraebi-sashimi  作業にかかってからえらい時間がかかるなあと思っていたら、殻を全部剥いてくれたのである!
 これが、まあホントにうまかった。 口の中でとろける。 甘ーい。
 ところで生のエビというのは足が早い。 それをどうやって清水から輸送するのかと聞いたら、遠洋マグロでおなじみの瞬間急速冷凍をするそうだ。 なぜこの刺身を店でメニューに載せないかと聞くと、こういう割と回転の速い店では冷蔵庫を始終開け閉めしているので、刺身として出すにはリスクが大きいからだそうだ。 ホントに、今日は空いててラッキーであった。

ところで、実のところこれだけではエネルギーが補給しきれない。 sujiko-onigiri

 …ので、追加オーダーをする。 筋子のおむすびだ。 イクラに目がない僕としてはとてもこれは嬉しい。 これもなかなかよいものだった。

 食べ終わった後、さらに話し込んでいたら根が生えてしまって時刻はなんと午前0時ちかくになってしまった。 あー、深夜に帰るのやだなあとは思ったが、帰らないわけにはいかない。 いそいそと帰り支度をしていたら、店長さんが「これ、形失敗しちゃったんで」と桜えび掻き揚げをおみやげにくれた。 なんだか悪いみたいだ。

 腹もくちたので、帰り道は行きと違ってとLSD(Long Steady Distance)の下限心拍数くらいでまったりと行く。 腹がこなれてきた辺りで畢竟ペースは若干上がり目となったが、緩く帰ったことに間違いはない。 にも関わらず往路と復路の時間差はあまりなかったのにちょっとびっくり。

 家に着いたら午前2時くらい、運動をしているうちは良かったが部屋に入ったら汗が一気に冷えて寒くなったのですぐ風呂に入って寝た。

 【往路】所要時間 1:41:48, 距離 38.33km, 最高速 54.6km/h, 平均時速 22.6km/h
 【復路】所要時間 1:44:29, 距離 39.36km, 最高速 51.7km/h, 平均時速 22.8km/h

 【往復】所要時間 3:37:00, 距離 79.60km, 最高速 54.6km/h, 平均時速 22.0km/h

 乗車前体重 74.4kg, 乗車後体重 74.0kg,  体脂肪率 22.8%

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2006年1月10日 (火)

[NEW]相模川沿いを下る

 かかりつけの医者(相模大野)にレーサーで行った後、軽ーく厚木まで行って帰ってこようと思い行幸道路を下ったのであるが、いざ厚木に付いてみるとさすがに走り足りない。 当たり前である。 町田から厚木までは16kmほどしかない。 往復しても32kmだ。 相模大橋を渡ったところで、相模川を遡上しようかなと思ったのであるが、いや待てよ、そういえばこの川を河口まで下りたことがない。 じゃあ川沿いに行ってみるかということで、右岸を南下し始めた。

 この辺の川と言えば必ずサイクリングロードがあるものだと思っていたのは勝手な思いこみで、この川にはそんなものがある気配はない。 考えてみれば相模大橋より川上にも、川沿いの車道はあるがサイクリングロードはない。 川下も、そんな感じだった。 というより川沿いを走れるのは僅かで、すぐに川から逸れてしまう。 それでも強引に土手を行こうとするといつまで続くとも知れない砂利道。 ロードレーサーにはちょっとしんどい…し、それも途中で行けなくなってしまったりする。 …ので、常備しているハンディGPS、GARMIN etrex LEGEND-J(日本語版)に入っている北海道地図社製の、メッシュの粗い地図で川から離れすぎないようにしながら南へ。 それによると、相模川と国道129号線の間の道を通っているらしい。R129に出てしまうとつまらないので、この道をキープ。 そして「土手道はないか?」と渡河橋で川まで出るが、やはり無し。

 馬入橋を越え東海道線を渡ると(この踏切は車では通れない)、しばらくして土手を川側に下がったところに大きな駐車場があるので行ってみると、州のようになった河川敷はここで終わっており、ここが水辺に触れられる最後の場所なのかなと思って記念撮影。sagami_kakoh_01  すると、アマチュアカメラマンのおじさんが寄ってきて話しかけられ、珍しそうにレーサーを眺めて色々質問をする。 お話好きなので別に構わないのだが、なかなか解放してくれず、体がすっかり冷えてしまった。

 ふと気づくと、土手に登ればまだまだ下に行けそうだ。 このあたりは舗装もされている。 もう河口まで間もないし、のんびりポタリング。 右手にスタジアムのようなものがある。 そういえばさっきのおじさんが、競輪選手がこの辺で練習してるのどうの言っていたなあ。 とすると場所も場所だしこれは平塚競輪場か。 考えてみれば競輪場って行ったこと無いな。 チャリダーなのだから一回くらい行ってて不思議はないのだが。 まあこれはまたそのうちにしよう。

suka_port  そのまま下ると、今度は漁港が見えてきた。 100トンくらい(?)の漁船が並んでいる。 傍のバス停によると、『須加港』というようだ。 舗道は港の内側を回り込むように進む。 回り込むと、漁港の出口にお稲荷さん(港稲荷神社)があったので、なんとなく記念撮影。minato_inari  さらに進むとR134の湘南大橋の下をくぐって、河口へ。 この辺まで来ると川なんだか海なんだか分からない。

shunsetsu  中州で重機が浚渫(しゅんせつ)のようなことをしていた。 川岸には釣り船屋が何軒も立ち並ぶ。 もちろん昼下がりのこの時間にやっている店はない。 道の、どん突きの所は大きな駐車場になっていた。 ここに入り込み、とにかく行けるところまで行く。 と、そのうち浜の入り口になってしまい、海砂でタイヤが埋まってしまってこれ以上レーサーでは進めない。 レーサーシューズで歩いていくのも厭だし川下りはここまでとして、せっかく河口まで来たのでテトラポッドの前にチャリを置いてまたまた記念撮影。composite-1_before_tetrapod

 駐車場の入り口に、管理のおじさんがいたので「あのー、ここって、泳げるんですか?」と聞いてみると、「いやあ、私の口からは泳げるとは言えないね。 遊泳禁止だし。」との返事。 この辺は結構潮の流れが速く複雑で危ないためそういうことになっているそうなのだが、事実上は海水浴やサーフィンをしにくる人は多いらしい。 でも実際事故は多いようで、あるサーファーなど海上保安庁のヘリに救出されたそうだし(当時の記録を見せて貰った)、護岸の釣り客が海に落ちてしまうこともあるそうだ。 一応、駐車場なので(歩いてきた人はどうしようもないが)、閉める時に車がいなければとりあえずほっとして帰れるそうなのだけれど、ある時など夜になっても車はある、護岸に釣り竿もある、だが人はいないということがあった。 結局その人は数日後江ノ島沖で発見されたそうだが、もちろん遺体であった。 なんでそういう危険な行為が黙認状態にあるかというと、駐車場は市の管轄で、浜は国交省の管轄であるから、浜でなにをしようが市の職員であるおじさんは何も言えないのだそうだ。

 とりあえず、本日の装備では浜辺には出られないのでなにか見るところはないかと聞くと、ちょっと行ったところにハーバーを兼ねた海浜地があるというのでそちらに行ってみる。 と、護岸に囲まれた港に漁船・プレジャーボートが数隻、そして釣り客。 an_angler 「連れますかあ?」と聞くと坊主だという。 どうも、潮がなさすぎてだめらしい。 別のおじさんが、ロッドではなくただ太い釣り糸を投げ入れ、すぐに上げる。 すると、なんか異様なものが上がり、ピンクとも紫ともつかない液体を吐いてまた海に落ちた。 「な… なんですか!? これ?」 「ああ、ウミウシ。」 「食えるんですか?」 「食えないよう。 はははは。 遊んでるだけ。」 あんな変な生き物、初めて見た。pigeon_on_a_port

 そこではのんびりとした時間が流れていて、鳩が佇んでいたりしたのだが近づいても全然逃げない。 ちょっといい感じだったので写真に収める。  ところが帰ってきてパソコンにファイルをコピーしてよく見てみたら、脚に釣り糸が絡まっている。 あー、なんかやだなー。

 さて、ここでずいぶんまったりしてしまったら、日が傾きだした。 今日はチョイ乗りでかえるつもりだったから緊急用の超小型ライトしか持ってきていないので、日が落ちるのはまずい。 ということで江ノ島方面へ再び乗り出す。 いつもは普通にR134を行くのだがさっき駐車場のおじさんに江ノ島方面までサイクリングロードがあると聞いていたので、そちらに入ってみる。 と、冬晴れでもあるので景色はとてもいい。

eboshi_iwa   烏帽子岩が間近に、遠くに江ノ島がくっきり見える。 それはいいのだが、海風が強くペースが全然上がらない上に風だまりには砂がたまっていて、そこに細いレーサーのタイヤで踏み入れると足を取られそうになり正直言ってとても走りづらい。 enoshima_cycling_roadここではクロスバイクあたりでまったりポタリングがいいところであろう。 幸いなのは冬であり人出が少なかったことで、夏場だと多分人で溢れているんだろうな、きっと。

 途中、引地川を渡ったところでどれがサイクリングロードなのか歩道なのか分からなくなってしまった。 後で地図を見るとここからの浜辺は湘南海岸公園ということになっていて、どうもちゃんとしたサイクリングロードとしてはここで終わりらしい。 それでもせっかくここまで浜辺を来たのだからと公園の中の歩道をゆっくり走り、もうこれ以上は行けないという境川河口まで来てそこで海とはお別れ、いつものように藤沢方面から境川サイクリングロードに入ってあとはLSDペースで帰った。

【走行データ】所要時間 3:54:38,距離 83.10km, 最高速 53.0km/h, 平均 21.9km/h, 乗車前体重 75.4kg,乗車後体重 74.5kg,同体脂肪率 25.2%, エネルギー消費量 2215kcal

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2006年1月 9日 (月)

チャリ屋めぐり

 昨日のリベンジ、ということでもないのだがまたまたInagakiさんとロードレーサーで自転車関係のお店巡り。

 例によって朝、思い切りもたついてしまい、10時半丸子橋待ち合わせにはかなり頑張らないといけない状況。 LSDを越えるペースでR246を二子新地まで行き、そこから多摩川サイクリングロードでひたすら待ち合わせ場所を目指す。 すると、9:2810:28(2006年1月12日訂正)になんとか着くことが出来た。 だが不思議である。 今までのいろいろなInagakiさんとのつきあいで僕が待ち合わせ時間通りに着いたことは98%以上の確率で無いし(居直っているわけではないが)、彼は待ち合わせ時間があればその15分前には現着する性格なのにも関わらず、いないのだ。

 不思議なこともあるものだなあと思ってしばらく待ったがどうも来る気配が感じられない。 ふと気が付いてマナーモードにしていた携帯電話を見たら着信履歴とメールが入っていた。 どうも、出発しようとしたら漏水トラブルに見舞われたらしい。 到着は30分ほど遅れるとのこと。 もう、彼とつきあいが始まって10年以上を数えるが僕が先に着いたのはこれがたったの2回目である(開き直っているわけではない)。

 運動していれば汗をかくほどだが吹きさらしで止まっていると体がどんどん冷えてくる。 あー、いっつもこんな思いをさせているんだなあ…、と反省しつつトイレにも行きたかったので近所でコンビニを探し、用足しをしてホット缶コーヒーを購入。 待ち合わせ場所に戻るも暇なので自分のバイクの写真を撮ったりしていたら、30分より少し回って彼が到着。 話を聞いたら想像外の状態だったらしい(尤も漏水したのは現在空き家になっている彼の隣室だが)。

 ちょっとだけ談笑した後、一軒目はサイクルプロショップセキヤ。 半分冷やかしのつもりで行くことにしたのだが(Inagakiさんからは「事前にネット(リンク参照)でめぼしいもののアタリを付けておかないと行くだけ無駄になるよと言われたけれど)、店内を見ていたらCampagnoloのT.G.SYSTEM Thermo Txn Man Glove(ウインターグローブ)があった。 元々使っていたCastelliはWindStopper素材と謳っているが指先がどうもかじかむ上に左の親指の股のところが裂けてきだしたのでなにかしら買わなきゃなあと思っていたので、試着してみると(店内ではあったが)Castelliと比べてすごく暖かい上にフィット感が抜群にいいい。 実際寒風にさらされたらどうかというのは店では試せないが、素材にTEXTRANを使用しているのでなかなか期待できそうだ。

 それともう一つ同じくCastelliのアウターシューズカバーがやはりWindStopperなのにやはりつま先が凍える。 恥ずかしい笑い話なのだけれど足の甲はWindStopperなのにつま先から踵のボトム部がNeo Plainで出来ていることに1年以上も使っていたのにInagakiさんから指摘を受けるまで全く気が付かなかった。 言われてみれば一目瞭然なのだが…。 Neo Plainは、冬場のサーファーやダイバーに使われるように傍観製防寒性(2006年1月12日訂正)が高いとされているのだけれど、寒いものは寒い。 そしたら、グローブと一緒にやはりCampagnoloの、これもTEXTRAN使用であるレインウインターオーバーシューズカバー、T.G.SYSTEM Thermo Txn Waterproof Overshoes が並んでいた。 レインというだけあって表地は防水素材なので暖かいのを通り越してむしろ暑いのではないかとも思ったけれど、お店の人が防風素材オンリーのカバーだとどうしても寒いときにはソックスカバーをしないとかじかみますよと言ってくれたので、あっけなく両品とも購入(実はシューズカバーは、パールイズミがようやく採用したWind Breakのものにしようかなと思っていたのだが)。

 セキヤのある武蔵小山から目黒通りを右折、さらに山手通りを左折してR246を右に折れた後明治通りをまた左折して次の目的地なるしまフレンド神宮店を目指す。 この辺りの地理に関しては僕の方が明るいので前を走ったのだが、この道程だけではなく公道、さらにはサイクリングロードでの僕の走りがとても危険だとすごく怒られた。 自分では全然意識していなかったことが、指摘されること全て的を得的を射ていて(2006年1月12日訂正)、言い訳すら出来なかった。 意識していなかっただけにショックを受けると同時に、これからは気を付けないといけないと自戒。

 なるしまではBARBIERIのCO2インフレーター(空気入れ)、Vision Air用の替えボンベが千円ちょっとで出ていたのでそれを購入。

 以降、帰路につく。 渋滞や路上駐車がひどいR246を避けて駒沢通りで二子玉川まで出、そこから多摩川サイクリングロードを遡上。 多摩川水道橋(登戸-和泉多摩川間)から世田谷通りを左折して帰ろうかと思ったが、サイクルコンピュータを見ると全然距離が伸びていないので関戸橋まで上り、そこで彼と別れ、永山から鎌倉街道にを左に折れて自宅へ。

 走行距離は83.1km、運動時間は3:54:37、平均時速21.9km、最高速51.8km。 体重は出発前より1kgほど落ちて74.なにがしだった。

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2006年1月 8日 (日)

せっかくの三連休なのに…。

 Inagakiさんからの誘いで、彼が最近プライオリティ高く同行しているメンバー(N野さんたちではない)との稲城里山MTB乗りに行くつもりだった。

 …なのだが、前夜、やらなきゃいけないことがあったのだけれどすごく眠くて、22時くらいから始めるつもりで19時に仮眠に入ったら、気が付けば翌朝(つまり本日)9時だった。 第一集合地点にはもう全く間に合わない。 第二集合地点である京王線稲城駅は、10時の予定になっている。 あと一時間、すごく微妙な時間幅であった。 というのは、「今すぐでかければまず間に合う」けれど、朝の準備にいつもいつももたつく僕なので、多分出られるのは9時半くらい。 それからだと「そして、誰もいなかった」という事態に陥る危険性は極めて高い。

 ちょっとだけ逡巡したが、どうも後者になりそうな気配が濃厚だったのでやむなく断念。 実はこのMTB行というのは、@niftyのフォーラムであるFCYCLEの月一定例自転車オフの分隊だった。 僕もかつてはこのオフにはよく出入りしていたのだけれど、もう10年も参加していない。 もうほとんど知っているメンバーは居ないと思うがそれでも懐かしさもあり行ってみたかったのだ。 でもこれだけ爆睡してしまっては仕方ない。

 独行で乗っても良かったが、寝過ごして昨日の夜やるはずだった事を何一つしていないので結局そちらをやることにしてPCの前に座ったが天気がよさげなので「あー、馬鹿みたい…」と思って作業をしたのだった。

 後でInagakiさんに電話したら、「来りゃよかったのに」と言われた。 日記を見たらホントにいいコースだったらしい。 残念無念。

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2006年1月 4日 (水)

2006、MTB初乗り!

 書くのが大変遅くなってしまったが(今日、2006/1/11)、この日今年のMTB初乗りをしたのだった。

 今、仕事先なので後で詳しく書くけれど、前日以上に体力低下を痛感した一日となった。

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2006年1月 3日 (火)

2006、ロード初乗り!

 昨年8月のMTB草レース、『アミノバイタルカップ』での大落車で肩を痛めて以来、ママチャリーナ3世(TIDY)での街乗り以外全くスポーツライディングをしていなかったのである。

 肩は、今でもひねると結構痛いのだが、だからといって乗らなかったのは全くのエクスキューズに過ぎない。

 とはいえ年賀状で「いかにも乗ってます」みたいな画像を送ってしまったので、これ以上サボリストをやっているわけにはいかないなあとは思っていたのだ。

 そこへ以前より懇意にしているInagakiさんやN野さんが参加しているサークルの初乗りがあるというので一口乗っけて貰うことにした。

 江ノ島までの行き帰り。 八王子から来るInagakiさんはおそらく120kmほどの道程となるのだろうが、僕の場合は往復で80kmあるかないか。 4ヶ月のブランクで錆び付いた脚でもなんとかなるだろうしたとえ千切れても勝手知ったる道、どうとでもなる。 なにより掲示板で

>かなり軽めに お喋りしながら

と書かれていたので結構軽いノリで参加したわけである。 確かに、往路はまったり気味だった。 …のだが、復路は突然インターバルランが始まってしまったりして、なんとか付いていこうとはしても心肺は最大心拍の94%、それもさることながら脚部に血がめぐらなくて全然力が入らない。 軽い坂で脚がパンパンになる。 サボると、落ちるのだねえ。 やっぱり。

 ところで折り返しの江ノ島で結構長い時間を過ごした。 ちょっとした公園があってここは猫のたまり場になっている。 猫好きのInagakiさんが、餌を持参して猫たちを懐柔しながらさかんに写真を撮っていた。 僕は、猫よりも猫写真を撮るのに頑張っている彼の様の方が面白く、数枚後ろ姿を撮ったのだが、ここに掲載していいかどうか確認を取っていないのでとりあえず自粛しておく。 写真の掲載許可が出たので載せておく(2006/1/4)。R0014883 

ちなみにその成果は Inagakiさんの日記に載っているので、ご覧あれ

R0014866 代わりと言っては何だが、それとは別に、サボリストの僕が「とりあえず乗りましたよ」という証拠写真(といってもチャリの前で佇んでいるだけだが)も載せる(左掲)。

 そういえば、昨年3月に国道246号線を自転車通勤中、またまたビッグスクーターに跳ねられたのであるが、その時の保険金でレーサーが新しくなったことを今まで全然触れてこなかった。

 『GIANT / TCR COMPOSITE 1』というモデルである。 2005モデルなのでいつまでWebに残っているか分からないが一応リンクを張っておくのでご興味がおありの方はどうぞ。

 それまでは、Inagakiさんから格安で譲って頂いた 『GIANT FS-TCR-TimeTrial ONCE Model 440』 というアルミフレームモデルに乗っていて、別段硬いとも思っていなかったのだが、カーボンフレームのCOMPOSITE 1に乗り換えて目から鱗が落ちる思いだったのを昨日のことのように思い出す。 例えば少し荒れた舗装路で、TCR-TTであれば路面の不整がダイレクトに身体に伝わったところが、COMPOSITE 1ではその振動をしなやかに受け止めてくれる。 この辺りの感覚は、実際に乗り比べたことのある人でないとなかなか分かりづらいと思うが、一言で言えば「体に優しい」のだ。 そのしなやかな強さは、長距離を乗った時の肉体的疲労というかダメージの差で体感することが出来る。

 ちなみに実車はこんな感じ。R0011914

 さらにハンドル周りはこういう風になっている。R0011909

左から、ハンディGPS (GARMIN etrex LEGEND)、サイクルコンピュータ、LEDライトなのだが、いかんせんごちゃごちゃしているしなんと言ってもマスが集中して重い。 せめてハンディGPSのマウントはもっと軽量化したいのだがずぼらなのでやっていない。

 まあ、こんな感じだ。

 さて、書いていたら眠くなってしまった。 明日はInagakiさんとMTBで里山巡りをする予定、今まで散々遅刻をして彼を待たせることしきり、多分明日遅れたら置いてけぼりは間違いないのでこの辺で今日は寝ることとしよう。

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2005年12月31日 (土)

PRIDE

ヒョードル、つっええっ!

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2005年8月31日 (水)

痛い。

 8月21日のMTBレース、「アミノバイタルカップ」の時にダウンヒルの2段コーナーで落車したという話は当日の日記に書いた通りである。

 医者に行ったところ骨折していない事は分かったのだが単なる打撲なのか筋断裂なのかはしばらく様子を見るように言われて三角巾を渡された。

 その後、水平より上に上がらなかった腕は肩上まで上がるようになったことはなった。 …のだが、動かし方によってはかなりの激痛が収まらない。 また一方野辺山合宿の時から傷めていた肋骨もこの時にダメージが増したようで右上体にかなりの不自由さを抱えている。 例えば寝返りを打つのも痛いほどである。

 医師の話では、打撲ならば一週間程度で腕が上がるようになると言っていた。 確かに上がることは上がるのであるが先述の通りかなり痛む。 しかも打撲とは違う種類の、筋肉が引っ張られるとずきんと痛むような塩梅だ。

 とりあえず9月5日に定期検診があるのでその時に再度診てもらおうと思っているが、どうにも気分が良くない。

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2005年8月22日 (月)

ビョーインにて

昨夜から痛みが増した右肩は今朝になったら水平より上に上がらなくなった。

この状態でロフトから降りるのは至難の業だったがそうしなければ朝食が採れないので悪戦苦闘しつつ梯子を下る。

一晩明けてみると右半身のあちこちが痛い。 上から肩、肋骨(ここは、野辺山合宿から傷めていた)、膝外が打撲か捻挫のように痛む。

昨日の日記へのInagakiさんのコメントで亀裂骨折している場合もあるよと指摘されていたので大事を取って去年の交通事故以来かかりつけ同然になっている病院へ。

予約外の為物凄く待たされたが各部位のレントゲンを撮影した結果骨には異常が無くホッとする。 但し腕が上がらないのは『腱板』という小さな筋肉が断裂している〜これは治りにくいのだそうだ〜可能性も否定できないということで右腕を三角巾で吊られてしまった(写真)。

もし断裂していれば3週間程度も肩を固定せねばならない。 折角運動づいてきたのに冗談じゃないなー、とは思ったが単に打撲で腕が上がらないだけだとも考えられ、医師の言うには後者の可能性が高いが鑑別のため1週間くらいは安静で様子を見てくれとのこと、打撲ならば徐々に腕は上がってくるから、だそうだ。

それでもやはりしばらくは生活に不自由するし昨日の今日で自転車に乗る訳にもいかない。 やはり怪我をしないにしくことはないなと今更ながらに当たり前の事を思うのであった。

ま、骨折でなかったので今日の所は善しとしておこう。image.jpg

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2005年8月21日 (日)

MTBレース!

 四十路を前にして、MTBレースにデビューした。
アミノバイタルカップ 2005第4戦。於:相模湖ピクニックランド)

 2時間にコースを何周回出来るかを競う耐久戦である。 僕はビギナークラスに参加したのだが、正直なところ何回途中で止めようかと思ったほど辛かった。 なんとか完走は果たしたものの、リザルトは「下から何番目」である。

 ちなみにBWSZ面子と一緒に出ている。 エントラントはN野さん、Matyu、キャベチー、オッキー。

 総合1位の選手と比べてもなんの意味もないのだが、彼が14周(13だったかな?)する間に僕はようやく7周、つまり7回はラップされてる。 また言い方を変えれば彼の半分の距離しか走れていない。 一周が約5kmほどだから、70kmと35km。 別に1位と比べなくてもBWSZ面子に何回ラップされたことか。

 とにかく感じたことはいかに自分に基礎体力がないかと言うことだ。 殊に心肺機能の能力は目を覆いたくなる。 Polarのハートレートモニターで心拍を見ていたのだが、アップヒルセクションに入るとすぐに最大心拍の90%辺りまで達してしまい、そうなると文字通り体が動かなくなる。 仮にもレースなのだから止まって小休止など笑止であり情けない話なのだけれど、85%くらいに落ちるまで休まないともうだめ。 なんど止まったか知れないし、コース後半のアップヒルセクションはほとんど乗車で登れない。 ぜいぜい言いながら押す。

 それから僕はMTBは初心者なのでテクニックがないのは当然なのだが、それでも登れない分少しでも距離を稼ぐためダウンヒルは自分なりに飛ばした。 …のはいいが、レース後半に入った時間帯、2段コーナーのRも斜度もきつい二つ目カーブで、荷重を後ろにかけるのを忘れて思い切り転倒、右顔面ブレーキの憂き目に遭ってしまった。 これは、かなり痛くてすぐに起きあがれなかったのだけれど、スピードの乗った選手が飛んでくるところ、その場に留まっては更に危険なのでなんとかコースロープの外にバイクを放り出して自分も外に出て痛さに耐えていた。 最初は強打した顔が最も痛かったが、右肘と右膝もじんじんしてきた。 

 通り過ぎる選手達の中には、
「大丈夫ですかー?」
と声をかけてくれる人も多かった。 とりあえず骨折等しているわけではなさそうなので
「なんとかー。」とまさになんとか答えた。 すると、下ってきたオッキーが、
「いわっぱさーん、そこ、あぶなーい!」

 うう、分かってるんだよそれは。 でも動けないの。 分かって! と心の中で叫んだ。 後で聞いたら単に止まって休んでるかと思ったらしい。 そんな、あんな危ないとこで休まないって。 まともなら。

 なんとか痛みが少し収まってきたので再スタートし、兎にも角にも完走を目指す。 そうこうしていると、駐車場際を走るところにInagakiさんがカメラを構えて待っていた(これが上記転倒の前なのか後なのか今ひとつ記憶が定かでない。 それほど余裕がなかったのだ。) …と、その脇にN野さんが半裸で立っている。
「???」
 なんで? 全然状況が理解できない。 できないまま、
「もう、死にそーっ」
と泣き言を言うと
「まだ死んでないっ!」
 相変わらず、なんで彼がコースロープの外から半裸で檄を飛ばしているのか分からない。 通り過ぎた時、後方から
「俺の分まで頑張れっ!」
 よく理解できないままタイムアップはまだかと思いながら走る。 もう気持ちでレースに負けている。 おまけに自分が何周しているのかもう分からない。

 残り時間があと10分ほどとなったところでスタート/ゴールのフィールドセクションに戻ってきてしまった。 「しまった」というのは、タイムアップとの兼ね合いであと一周は走らなければいけないタイミングで戻って来ちゃったよ、ということで普通なら
「チェッカーまでもう一周稼げる」
と喜ぶべき所だ。 やー、ホント、負け犬だなー、俺。 と思いつつも最後の周回に入り、なんとかかんとかもう一周してきた。 最後チェッカーを受けた時に思ったことは、
「やれやれ。 はあー、疲れたー。」
に尽きる。

 終わった後、BWSZ車両駐車場所に行くと、N野さんがキャンピングチェアでくつろいでいた。
「なんであそこに立ってたんですか??」
と聞くと
「だって俺出てないもーん。」
と言う。
「だってゼッケン付いてたじゃないですかー。」
「可哀想に。 頭強く打ったんだねー。」

 この辺のN野さん一流の韜晦術でやっと理解できてきた。 手短に言えば、今回の試合はコンディション調整の失敗で実力が全然出せない状態で、残念ながらリタイヤして応援に回っていたというわけだ。

 その後、泥どろになっていた傷口を洗って簡単な処置をして貰い、しばらくまったりしたあと表彰式。

 Matyu、キャベチーがそれぞれクラス9位(12周回)、オッキーがクラス2位(11周回)という好成績だったが、出走人数の関係でポディウムでシャンパンファイトが出来たのはMatyuだけ。 やー、気持ちいいだろうな、アレは。

 各個、自家用車でピクニックランドまで来ているため、表彰式が終わった後は三々五々帰路に付く。 僕は、往路は相模原・津久井湖と抜けて来たので復路は国道20号線を大垂水峠を越えて帰ることにしたのだが、その先に高尾山口という渋滞スポットがあることを全く失念していたのは失敗。 ただし、こちらに来たおかげで
「あ、そういえば今日ボトル落としたんだよな。シマザキさんで買ってくか」
と寄ってみることが出来たのだが、残念ながら愛用のZefal製ボトルは最近全然入荷しないらしい。 困ったな、あれが一番中身が漏れないのだが…。

 結局輪行用のエンド保護金具1500円也だけ買って国道16号を南下、相模原でBWSZに寄る…と、ちょうど帰りがけに遊びに来ていたオッキーが店を出るところだった。 しばらくザマさんと話をして、『汁の素』

(なにが汁かというと『いわっぱ汁』である。 そりゃ一体何だい?と誰もが言うと思うが簡潔に言うと僕の体が上昇する体温を冷却するために分泌…というか撒き散らしていると言った方がいい液体、すなわち汗だ。 あまりにも発汗量が多いので『汁』というのが最も近い表現だと言うことでこうなった。 ちなみに最初は『いわっぱ液』だった。 これを『汁』と言いだしたのは実は自分である。 口に出した瞬間「しまった」と思ったがすっかりこれで定着してしまった。)

ことグリコCCDスポーツドリンク(パウダータイプ)を仕入れて20時くらいに帰宅した。 この辺りから、右腕が痛くて肩から上に上がらなくなってきた。 どうやら顔面ブレーキをかけた時に右肩も強打したらしい。 この状態でバイクを洗浄したのだが、片手が自由に動かないと作業もまどろっこしくて敵わない。 やれやれだ。

 右肘の打ち身は大したことはないが擦過傷がじくじくしてかなり痛む。 これはシャワーでよく洗ったあと、脛骨髄内釘横留め抜釘の時に使ったバンドエイドのキズパワーパッドが一枚だけ残っていたのでこれを貼っておいた。

 それにしても、ちょっとだけ今日の報告をしておこうと書き出したらえらい長文になってしまった。 正直先ほどから、キーボードよりちょっと右手を動かすと肩が痛くてたまらない。 にもかかわらず一回書き出すとどうも止まらない。 もっと簡潔明瞭に文章を書ければいいのだが、どうにも必要以上に饒舌になってしまうのは昔からの悪い癖である。 分かっているけれどどうもこの癖は直らない。 それでも肩の痛みがかなり耐え難くなってきたので今日はこのへんで打ち止めとしておこう。

20050821aminoiwappa1 【レース中のiwappa。写真提供:Inagakiさん】

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2005年8月18日 (木)

連チャリ

 今日は大塚の骨董屋出勤日、晴れたのでチャリ通。

 LSDペースであまり心拍をあげずに進行。 タイムは二の次だったのだが、ギリギリで1:30に届かなかったのがなんか悔しい。

 それはそれとして店内、無茶苦茶な在庫量である。 荷降の時はとにかく入れ込むことしか考えていなかったがよくまあこれだけ入ったものだ。
image.jpg
 写真は店内で撮影したものだがこれだけでは状況は全く伝えられていない。

 中国骨董家具にご興味おありの方がいらっしゃったら、是非サイトをご覧あれ。(サイドバーにもリンクを貼ってある)。

【走行データ】

BIKE: Giant TCR COMPSITE 1

・往路 【R246,明治通り】
Time 1:31:58,  Dist. 38.23km Max. 57.8km/h Ave. 24.9km/h  Odo. 1785.3km
総括: LSD

・復路 【明治通り,R246】
Time 1:47:10 Dist. 39.96km Max. ?km/h Odo. 1825.20km
総括: 満腹で最初ペース上がらず

・往復 【R246,明治通り】
Time 3:19:08 Dist. 78.19km  Max. 56.9km/h  Ave. 23.6km/h  Odo.1825.2km
乗車前体重 76.1kg 乗車後体重 76.8kg
総括: LSDペース 心拍レンジ=140 - 155 bpm   

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2005年8月17日 (水)

稲村ヅェーン

 という訳で公約通り稲村ヶ崎で泳いでいる。 ここまでの道程はもちろんチャリだ。 最近定番になりつつある境川サイクリングロードを南下。

R0013235 【こういう感じで乗車している】

R0013230 【電脳チャリ。左からGPS、心拍計、サイクルコンピュータ】

 ちなみにGPS、eTREX LEGENDをマウントしているのはRAMマウント(Uボルト)という社外品で、頑丈かつフレキシブルにマウントできる優れものであるのだがいかんせんリンゴ1個分の重量は重すぎるし重心位置のオフセットでハンドリングへの影響も指摘されている。 なんとかしたいなぁと思っていたら友人のKobayashiさんRAMマウントのGPSケージを改造した軽量マウンターの製作を行ったのを、(一月ほど前であるが)彼のBlogで発見した。 あっ! これこそ僕の求めていたソリューションだ! という新鮮な驚きを覚えた。 その後実物を拝見したがスマートかつがっちりとマウントできていた。 僕は金鋸を持っていないのもあるし実際製作したというノウハウを享受したいのでそのうちKobyashiさんに器財と知恵を借りてやってみようと思っている。

 昨日の天気が嘘のように晴れ上がり今日は絶好の海水浴日和。 水も湘南にしてはキレイで二十メートルも沖に出れば十メートル近くは透明度がある。

 ゴーグルを付けて潜っていたら、魚も多い。 …と、ビビッドなオレンジの色彩が目に入った。 ヒトデだ。 僕は子供の頃からこいつが苦手である。 潮干狩で大量のこいつらに囲まれたときは本気で泣いた。 なにがそんなにダメなのかというと、まずあの人工物体としか思えない造形や色彩なものが『生きている』と言うこと、一見軟らかそうに見えて実は硬いらしいこと(ガキの時はあまりに恐くてとうとう触れなかった)等など。

 という背景はあるのだがいつまで恐れていても仕方がない。そんなシーンを甥に目撃されたら一生馬鹿にされるに違いない。 そう思って二メートルほど底のそいつをむんずとつかむと、昔言われた通りやはり硬かったがかすかに弾力を感じる。 つかんだからといって抵抗どころか身悶えもしない。 これで天敵が現れたらイッタイどうやって身を守るのだろう? そういう点ではナマコに似ている。 もっとも触感はナマコのぶにぶに感の方が数段不気味だ。 今思えばどうして三十年もヒトデに触れなかったのかとても不思議だ。

 それにしても稲村ヶ崎は静かだ。 平日とはいえとても湘南海岸とは思えない。 これでおねえちゃんが独り水着で物憂げにでもしてれば舞台装置は完璧なのだが世の中そう村上春樹的には出来ていないものなのだ。

R0013260

 さて、また泳ぐか。

 ところで、海水浴といえばBGMである。 湘南だからといってサザン・オール・スターズづくしである必要はないのだが、やはり音は欲しい。

R0013266

 ということで、LSDの友としているiPOD(危ないので両耳は塞がない。片耳だけ。)にこないだヨドバシカメラで見つけた小型のアクティブスピーカを持参して音を出してみた。 単四乾電池一本で駆動されるこのスピーカの音は、自宅で聞いてもはっきり言ってしょぼい。 なんとか聞けるというレベルだ。 だが、これ以上大きいスピーカでは可搬性に劣るし悩ましいところではある。 見ての通りデザインはiPODに大変マッチしているのだが。

 正直なところ、波音激しい海岸で聞けたものかと思っていたのだが、それなりには聞けるものだ。

 17時前ほどに泳ぎ終わって思い切り潮当たりしたままの体でレーシングウエアを再び身につける。 考えてみればここへ来て以来ウーロン茶を飲みPower Barのような補給食を採ったくらいであり、飢えている。 ちょっと何か摂らねば帰れまい。

 話は逸れるがウーロン茶を入れるのに普段使っているサイクリングボトルではなく、Hydrapack AS TEAMという背中に背負ったタンクからホースで給水するものを最近購入した。 これはこの夏があまりにも暑く熱中症になる恐れがあったため、野辺山合宿に向けて 「多分、無かったら俺、死ぬ」と手に入れたのである。 初めは普通に液体だけ入れていたのだが、せっかくの軟質ビニールで口も広いタンクである。 これならロックアイスを1kg買ってがしゃがしゃ詰めた後水気を入れればいいのじゃないか、と、試してみたら大正解。 純正の収納ザックでは、収納部の空気が少ないせいか若干断熱は弱いが、Hydar Packに対応したJack Wolfskinのザックに荷物と共に入れてみたら、炎天下の海辺を含めて都合4時間近く冷たいウーロン茶を楽しめた。

R0013276 稲村ヶ崎前の道路沿いには、モーターバイク乗りにはよく知られたTaro'sというカフェがある。 ここの雰囲気はのんびりして非常によい。 …が、今日はそちらではなく並びの稲村ヶ崎食堂に入った。 

 

R0013279 ここはダイニング&バーで、ちょうどバータイムのちょっと前と言うことで閑散としていた。 とりあえず2階のテーブルで冷たいものを。 食事は帰ってからと思っていたので他のオーダーは頼まず。

 ところでここのエントランスにはいつも犬が居る。 いつ見てもぐだーっとしている。

R0013280  名前を聞くと「マロ(麻呂?)」だという。 牡、七歳。

 今日は特にくたっとして愛想も振りまかない。 聞けば夏負けしてるそう。 毎年同じと個で過ごしていてもばてるものはばてるものなのだなぁと思う。

 さて、ここを辞去した後そのまま帰路につこうかと思ったのだが、やはり空腹に勝てない。 ということで稲村ヶ崎駅そばのコンビニで軽く食事。

 その後は江ノ島辺りまで戻って再び境川を遡上。 すっかり日も暮れた頃にBWSZに到着。 実は先に書いたHydarapackのリザーバータンクを買ったばかりだというのに壊してしまったのである。 というのは、このタンクは靴下のように表裏をひっくり返して洗浄乾燥が出来るのだが、その時に持つべきところを間違え、心臓部とも言っていいベロクロパッキンをタンクに縫いつけてある付近をぴーっと切ってしまったのだ。 とりあえず致命傷には至っていないのでなんとかこのままでも使えるのだがおそらく時間の問題で切れきる。 なので、その前にスペアを買っておこうということだ。

 着いてみたら、ZAMAさんは日中おっきーのTREKをメンテナンスしていたのが丁度終わったところだったらしい。 しきりに 「いいバイクだよ、これ。」 と誉めていた。 根幹たるフレームもよいし、なんと言ってもパーツはフルXTRである。 よくないはずがないよねー と二人で話した。 ZAMAさんに依るとこのTREKはなんと言っても操縦性とか取り回しがよいらしい。 狭い九十九折りのようなセクションで威力を発揮するだろうねとのこと。

 タンクを入手して家路へ。 ここで家に帰る近道を… とやったのだがとっぷり暮れた夜にやるものではないと痛感。 21時頃家に着いてみると走行距離は100kmをわずかに越えていた。 あれだけ遅く出て海水浴をしてもそれなりに走れるもんだなぁと一人ごちる。

 稲村ヶ崎で食べた補給食がまだ腹に残っていたので夕食は採らず、体重を量ってみると走行前の774kgから75.7kgへと落ちていた。 ううん、減ったのは素直に嬉しいがリバウンドの影響がまだ排除できていないのは悔しい。 とりあえず『四捨五入して70kg』を常態にするべく頑張ろう。

【走行データ】

Bike: Giant TCR Composite 1

・自宅-【境川CR】-藤沢-稲村ヶ崎(海水浴)-藤沢-【境川CR】-BWSZ-自宅
Time 4:48:45 Dist. 107.42km  Max.44.2km/h Ave.22.3km/h  Odo.1746.8km
乗車前体重 77.4kg  乗車後体重 75.7kg
総括: 稲村ヶ崎で海水浴=デュアスロン? LSDペース 140 - 155 bpm

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2005年8月15日 (月)

撮影完了!

 延べ二日にわたるGEO@チャンネル向けミニドラマビデオの、8月撮影分がさっき終わった。

 撮りの最中は夢中になってて失念していたが、終わってみればギリギリ終電車。…の中でこのログを書いている。

 iPODから流れるビル・エヴァンスとニッカのポケットボトルが疲れを段々と溶かしてくれる。…ってまだ代々木上原かぁ、道は長いなぁ。

 考えてみれば今日は本当に長い一日だった。 BWSZの掲示板でN野サンに逆ネジ巻かれたせいで朝五時起きで独りロード練習(通称『コソ練』)を多摩丘陵尾根幹線で50kmほどチャリで全力絞った後両国まで東京を端から端へと移動して朝一ラストの一発勝負撮影。

 スタッフ、俳優ともかなりテンパってはいたが無事ラストカットまで撮り終えることが出来た。

 …と、新宿から本文を書き出したのにこれだけ書いてもようやく成城学園前、まだまだ先は長い。

 明日は休みだ。 久しく行ってない海でも行くか。 勿論チャリで。 小一時間もあれば湘南には出られるし。 乗って泳げばデュアスロンだ。 出来れば人気(『にんき』じゃなく『ひとけ』)の薄い稲村ヶ崎がいいな。

 とりあえず帰り着いたらシャワーを浴びてコンタクトレンズを外してさっぱりすることとしよう。

 ちなみにただいま生田、だいぶ時間を潰せた。


 目が覚めた。
 昼回っていた。
 だめだこりゃ(いかりや長介風)。

2005年8月15日 12:38


 なのだが、今日は小学校6年の甥が泊まりに来ていて、夕食は焼き肉を食べに行くという。 しかしこのまま食ったのではただ太るだけなので、『飯前に体重を減らす』という目的で、スイムは抜きでバイクだけやることにする。 2時間ほどしか時間がないので近傍の境川サイクリングロードを終点の(どうもこの終点がはっきりしないのだが)御殿橋までLSDペース。

 先日のBWSZ合宿で自分の心肺機能のなさを改めて痛感したので、時間があったら極力LSDをして心肺のボトムアップに努めたいと思っている。

 結局本日の走行は、55.47kmを平均24.9km/hで乗って所要時間は2:13:35。 最高速は44.2km/h出ているけれどこれはおそらく帰りに町田市街部から自宅への下りでマークしたものだろう。

 心拍数は平均で146bpm(運動強度約60%)、最大で155bpm(運動強度約70%)。

 2時間運動して帰ってきたら、体重は1kg落ちていた。 落ちていたと言えば、なぜか野辺山に合宿に行って帰ってきて期待しつつ体重計に乗ったところ逆に2kg通常より増えて78kg、その後仕事先(ビデオの方)でお疲れ焼き肉に行ったら79kgまで増えてしまった。 せっかく運動後75kgを切るところまで来ていたのに…。

 で、本日なのだけれど乗車前=78.1kg、乗車後=77.0kgだった。 これでまた焼き肉だと『大台』に乗ってしまう危惧が強かったので、極力食肉は抑えて生野菜と野菜焼きでかなり腹を満たした。 それでも帰宅して体重計に乗ったら本日の消費分はキレイに補われてしまっていたが。

 まあ増えてしまったものは仕方がない。 明日からまたカロリー消費に精を出すまでである。

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2005年8月11日 (木)

野辺山MTB合宿

 いやー、もうおなかいっぱい! …というか脚がいっぱいいっぱい …より正確に言えば心肺機能がいっぱい、なのだがとにかく合宿に行って、宿泊先のペンション、SY-Nak

SY-Nak 【早朝のペンションSY-Nak】

RICK 【チームSY-Nakアシスト犬、リック(2歳)】

のオーナー夫妻(なんと「大将」はMTBの全日本チャンピオンだった方で、「女将」はアテネのオリンピックアスリートという超豪華夫婦である)のガイドにより、野辺山の山々を駆けめぐってきた。

 僕は参加メンバーの中では一番の初心者だしなおかつ一二を争うほど弱いので、登りは長いとすぐ落伍してしまい、BWSZのみんなを長々お待たせしてしまうことしきり、ではあったけど下り基調のシングルトラックではこけつまろびつしながらも自分の中での快感度は120%の充実感だったし、僕を含んだホビーの人からアスリートレベルの人までみんなが楽しめた合宿になって、参加して本当に良かった。

iwappa_on_iimori-yama 【飯盛山山頂。本日最高地点。後方は八ヶ岳】

iimoriyama_peak 【同上。こんなところを登って降りる。下りは最高。】

 それにしても中学1年で初めて「自転車旅行」をしたのが自転車趣味への入り口だったのだが、高校以来25年もロードレーサーにしか乗っていなかったのだ。 それも基本的にツーリスト。

 それが昨年Inagakiさんに誘われて初めて彼のMTBで野山に入り、

「こ…、こんなおもしれーこと、なんで今までやらなかったんだ!?」

とものすごくカルチャーショックを受けたのだった。 その時使用したMTBに今僕は乗っている。 今回も、肉体的には(サボり基調であったせいもあり)相当にしんどかったのだが、全体としてはそんなのどこかへ吹き飛ぶほど楽しかった。 本当に、参加して良かった。

 それと、ツアラーだと書いたが、コンペティションに今まで出ていないわけではない。 最後に出たのはもう8年前になるが、夏の乗鞍マウンテンサイクリングというヒルクライムに数年「精神修行」として出ていたことはある。 これへの復活を是非とも果たしたいとは思っているのだが、それとは別にレースに出てみたくなった。

 初めてそう思ったのは、今回の同行者でもあるN野さんが参加している「キャノンデールカップ」というレースの応援に行き、コンペティターがみんな必死に頑張っているのを間近に見たことと、やはり今回の参加者であるレース娘、おっきーの強さとか、とにかくレースに出ることを楽しみ、それに向かって精進している姿勢を目の当たりにしたせいもある。

 今回のあの体たらくで「レースに出たい」などというと人からは鼻で笑われそうな気もするが、自分がどこまで出来るのか、またレースのためのトレーニングを通じて(鬼が笑いそうだが)どこまで強くなっていけるのかを体で知ってみたいとすごく思ったのだ。

 ちなみに走行データなのだが、乗っているうちにどこかでサイクルコンピュータ、SHIMANO FLIGHT DECKの車速センサーがずれてしまってパルスを拾えなくなったため正確なデータがないので省略する。

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2005年8月10日 (水)

MTB合宿出発前夜

 昨夕、撮りの打合せを両国でやってその後ロケ現場で照明合わせ、終わった後渾身の意味も兼ねて近所でお好み焼き&もんじゃ会食。

 撮影スタッフとメイクさん、それに今回のメインキャラである『桜子』を演ずるこやささんが面子。

 オヤジらしく

「いくつに見える?」
とメイクさんと こやささん に聞いたら最初は思いっきり気ぃ遣って
「25歳?」
とか言われたのだがいくらなんでもそりゃないだろー ということで仕切直したら、
「32歳くらい?」
と大分修正された。
 ここで引っ張ってもいいのだが朝からの重労働で疲れていたのもあってあっさり
「来年四十だよー」
と白状したらメイクさんが
「うぞっ!」
と本気で絶句していた。

 何でか知らないが自分はトシより相当下に見られてしまう。 そんなに風格無いかなあとかガキくせーかなーと思うのだがしょうがない。 童顔なんだろう、きっと。 腹は年相応(…までなんとか落とした)が。

 ところで、こやささんはこの5月からblogをやっているという(こやさの写真日記)。 見て分かる通りダブル(最近はハーフとは言わないらしい)の綺麗なお嬢さんであるのだが、blogトップバナーに「音で食べて行けるようになるまで続けていきます」とある通りミュージシャンを目指してもおり、役者もやる。 とりあえず写真はあるけど本人の了承を取っていないのでご覧になりたい方はリンクを辿って頂きたい。

(【私信>こやささん】本記事は同blogの昨夜の記事にトラックバックするので、載せて良かったらよいとでもコメント下さい。 もしくはメガピクセルで撮ったのでメールしてもよいですよ。 ご自由にお使い下さい。 著作権フリーで(笑)。)

 ところでもんじゃを食いながら、

「俺、役者になりたかったんだよねー。」
と雑談をしたら、
「やりましょーよー!」
と言下にネジを巻かれてしまった。
 いやぁ、やりたいがなあ、映像で食おうとしてるしなぁ、役者(の大部分は)食えないしなぁ、ううん、と後ろ向きな発言でごまかす自分が厭だな。

 さて、しこたま食べたら時刻は既に22時近い。 ここでようやく表題に達するのだけれど本日早朝からBWSZの清里MTB合宿に行かねばならない。 今回はクルマを出すのだが、5時にはInagakiさんの自宅(八王子)にいる必要がある。 小一時間はかかるから自宅出発が4時として起きるのが3時。

 ほとんどの準備は8日の月曜に終わらせてしまったけれど積み込み等まだやらねばならないこともあるしなんと言っても寝なければならないのだ。 両国から町田の自宅まで約1.5時間、と言うことは帰着は23:30くらいになる。 それから最後の準備がおそらく30分、さらにこの日の汗を水シャワーで洗い流すのに10分、そうするとロフトベッドに潜り込めるのは0:10以降ということになるから実質3時間しか寝られないことになる。

 それでもこの日最後の汗をかいてクルマにMTBと荷物を積載、汗を流して冷えた体ですぐ床に入ったのだが、これがなんだか知らないが寝付けない。 体は十分疲れているので睡眠を欲しているのだけれど寝入れ無い。

 結局午前2時まで2時間近く目が冴えたまま。 まるで眠りに落ちる気配もない。 合宿はかなりハードなことになりそうなのでたとえ1時間でも寝ておきたいのだが全く駄目だ。

 仕方長いので起きだしてナイトキャップに『本格焼酎 古式甕(かめ)壷仕込み 薩摩 鉄幹』をちびちびやりながら、どうせならblogを書いてしまえと言うことで今こうしてキーを叩いている次第だ。 この時点で2:30。 もう、あと30分しか寝れん。 ええい、ままよ! と言う感じで半ば自棄になっている。 諸氏、僕が精々怪我をしないことを祈ってくれると有り難い。

 …って言うか(といきなり文体が崩れるが)、あんまり眠かったらInagakiさんに運転代わって貰えばいいんだよな。 考えてみれば。

 と、言うことで清里、行って参ります。

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2005年8月 7日 (日)

イイダ牧場

 今日もこの暑い中、チャリ。

 朝、BWSZの朝練で尾根幹道を往復した後、Inagakiさんとイイダ牧場にジェラートを食いに行こうという話になった。

 散々迷った挙げ句ようやく辿り着き、牛を見ながらメロンのジェラートに舌鼓を打つ。

nec_0002.jpg

…のはいいが復路があるんだよなー。 というか、朝練とここまでで足は売り切れ。 しばらく休まないと帰れそうにない。

 結局Inagakiさんには先に帰ってもらい、人心地ついたところでまったりと境川サイクリングロードを帰る。

【走行データ】

Bike: Giant TCR COMPSITE 1

・コース: 自宅-【町田街道】-小山-【尾根幹道練習コース往復】-BWSZ-【境川CR】-町田市街-【境川CR】-イイダ牧場-【境川CR】-自宅

Time 4:15:50 Dist.99.78km  Max.57.3km Ave.23.4km  Odo.1515.7km
乗車前体重 76.0kg  乗車後体重 74.0kg
総括: BWSZ朝練。相変わらず往路で千切られる。イイダ牧場でジェラート。暑すぎ。

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2005年6月 9日 (木)

許すまじ!DQNスクーター!

2005年3月18日のことであった。

前年の9月27日未明に横断歩道でスクーターに跳ねられて頸骨骨折、2ヶ月ほどの入院と退院後もリハビリに追われ日常生活になかなか回帰できなかったところが、1月末くらいから「あ、これは大丈夫かな?」という感覚まで戻し始め、2月にはMTBで山に行けるほど回復した。

3月。
そろそろ季節もいいし、大塚にある骨董家具屋への通勤を久々にロードレーサー、GIANT FS-TCR-TimeTrial ONCE Model 440AUT_4601 で出かけることにした。 実はこの数日前、Yahoo!オークションにてSHIMANOWH-R540というクリンチャーホイール+Michelin PRO RACEというタイヤセットをしごくリーズナブルな価格で落札・納品されたばかりで本日はその試走を兼ねて、という意味合いも含まれていた。

それまで10年もののチューブラーホイールを履いていたのだが、今度のセットはすごくよい。今までもVittoriaのCX Corsa Kevlerという高価なタイヤだったのだけれど、ホイール&タイヤのセットで考えると非常に転がり抵抗が少なくスピードが乗る。 もっともWH-R540の場合、平地に特化したところが見受けられるので峠に行ったらどうなるか分からないが、とにかくこの日のR246での往路は、とても快適かつ高速に進行することが出来たのだ。

町田の自宅を出、田奈あたりでR246に出た後はひたすら回転力で進む。 途中に二、三のピークはあるのだがこの日はものともしない。 二子玉川のあたりでスプリットタイムを見たらどうやら今日は過去最高のタイムで大塚に着けそうだった。

二子橋で玉川を渡り、R246が厚木街道から玉川通りに名前を変えると、急に路上駐車の車が現れ出す。 これは別に今日に始まったわけではなく、いつでもそうだ。 だからと言ってさして気にするでもなく、自然に路駐の車の右を、極力左車線をはみ出さないように走る。 そして、路駐が切れたら左端に寄る。 これも、もう癖のようなものだ。

午前11時前、環状7号線を越えてわずかに行った時のことだった。

僕の走りは、相変わらず前述の通り。 やはり路駐が多く、突然右ドアが開いても大丈夫なくらいのマージンを取りながら左車線を進行、ふと路駐が切れた。 その時、僕の真後ろから単気筒中型排気量のモーターバイクの排気音が迫って来ることに気が付いた。

僕は、あくまでキープレフトをする観点とそのモーターバイクの進行の邪魔にならないようにごく自然に左に寄った。

その時である。

『がしゃ~んっ!!』

一瞬事態がつかみかねたが、なんと『僕の左後方から』先のモーターバイク~正確にはビッグスクーターである~が突っ込んで来ていた。 しばらく絡み合うような状態で前へ進んだがやがてピンボールのように左右にはじけ、僕は片側3車線の真ん中の車線に放り出されていた。

叩きつけられるような状態だったので、体の節々に痛みは走ったがそこに留まるのは尚危険、すぐにレーサーと共に左端のガードレールに寄せた。

見ると、ビッグスクーターはガードレールに突っ込んだ状態、DQN_scooter_01 ライダーも怪我はしているようだがどうやら意識はあった。

「てめぇっ! 何考えてチャリの左抜いてくんだっ!?」

と怒号を上げると、彼はひたすら「すいません、すいません」を繰り返すばかり。

「自転車が車道の一番左走ることくらい知ってるだろうが!」

「…あなたが、前にいて、路駐がなくなったところでそのまままっすぐ行くか、それとも左に寄るか、迷ったんです。 でもまっすぐ行くと思って左から行ってしまった。 …僕の判断ミスです。」

「(判断ミスじゃねぇだろぉが!)道交法、知ってるわけ!? あんた?」

そんなやりとりをしていると、近所のお店の人たちが出てきた。

bump_line_form_behind_by_scooter「大丈夫? 救急車呼んだ方が…。」

どうも、僕よりもスクーターの彼の方が身体的ダメージが大きそうだ。 実際、僕はそこここに痛みを抱えながらも普通に歩けたのに対して彼は動きが鈍い。 そこで、僕の方から緊急連絡をしようと思ったのだが、なぜか彼が自分ですると頑なに言う。 どちらにせよ警察が来るのには違いがないのだから、彼に任せることにした。

警察が来るまでの間レーサーのダメージを見ると、 ハンドルバー及び右ブレーキレバーは道路に叩きつけられた結果、ステムを中心に大きく手前側に回転した上、内側にひんR0010987曲がっている。 タイヤのサイドウオールには赤い特殊舗装が擦過傷のように刷り込まれ、リアホイールは見事に狂っていた。 購入してわずか20kmでこれかよ… 泣けるぜ…。 さらにもう手に入らないSelle SanmarcoEra Racing O.N.C.E.モデルの美しい黄色い刺繍も損傷。 見た感じ、普通に落車してもこの程度のダメージはあり得そうだがTCR-TTはフロントカーボンフォークなため、この事故の状況では外部からは目視できないフォークのコラムあたりに不安が残る。 いずれにせよこのまま乗車していくことは不可能だ。

…っておい、それより今日店開けられないじゃんかよ…。

やがて警察が来た。 もし自分の身体的ダメージがひどかったら何R0010988はともあれ救急車なのだが、骨折等もなく打撲と擦過傷程度なのは自覚していたので、「救急車→病院→警察→実況検分」という二度手間は避けたく、どうせなら実況見分が終わってから病院に行けばいいと考えていたのだ。 その時点でも加害者の方がどうやら怪我は重そうだとは見て取れたのだが、本人がひょこひょことだが歩ける状態ならば命に別状はあるまい。 こちらの都合に合わせてもらうことにする。

僕の方の状況も聞かれ、上記に述べたことをそのまま話、それから彼の方の事情聴取。 やがて、検分が終わろうとする頃警察が呼んだ救急車が到着した。

救急車で搬送されることはいいのだが、高価な自転車を放りっぱなしにするわけにはいかない。 警察の交通課に頼んで保管をお願いし、救急車に乗り込んだ。

救急隊員に、「ここは痛いか? 頭は打ったか?」等色々聞かれ、その時の身体的ダメージについてそのまま話す。 やれやれ半年で2回も救急車かよ…、などと自分は冷静に思っていたのだが、そろそろ搬送というとき、救急隊員が僕に聞いてきた。

「あの、バイクの彼なんですが、どうもちょっと重いようで…。 もし、お嫌じゃなかったら、この車に同乗させても構いませんでしょうか?」

思わず、苦笑してしまいそうになった。 そんなことなら初めから2台救急車を呼べばいいのに。
いずれにしても再々書いているとおり彼の方が重傷だろうことは見て取れたし、今からもう1台車を呼ぶのはあらゆる意味で不合理だ。

「別に、僕はいいですよ。」

ということで、加害者と被害者が同じ救急車に乗るという、少なくとも僕の今回を含めて6回の救急車歴では初めての経験をすることになった。

搬送先は、国立東京医療センター(旧・国立第二病院)の救急救命センター。 笑えることに処置室まで彼と同じだった(尤もベッドは間二つくらい置かれていたが)。

僕の方は、右を下にして落車しているので右肘の打撲と同じく右上部大腿のひどい擦過傷が主。 レントゲン写真も撮影したが骨折等の大事には至っていないようだった。

一方、三つ向こうのベッドから漏れ聞こえてくる話では、どうやら加害者の彼はどこだかを骨折して入院が必要らしい。 被害者の方が軽傷で加害者の方が重傷、というのもなんだか腑に落ちない話ではあるが、それが事実だ。

結局、湿布を出された程度で僕はそのまま帰され、「後で来てくれ」と言われていた世田谷警察署へ向かい、そこで再度事情聴取を受け、同じ事を喋る。 「加害者を許しますか?」という質問にはもちろん「許しません。」と添えて。

それから、いったん帰宅し、自家用車で再び世田谷警察へ向かって自転車を引き揚げた。

この時点で加害者の彼が任意保険等に加入しているかどうか不明だったのでその確認と、もし加入していなくても全ての補償をするよう念書を取ろうと入院先の東京医療センターへ向かい、面会を申し込んだのだが、保険がらみの加害者被害者を面会させることは本院の是ではないということでナースステーションで数十分待たされた挙げ句その旨を伝えられ、仕方がないので自分の名刺に

「全て貴責による事故であり一切の損害を賠償すること、また貴了解無くも自転車の現状復帰には入るので補償せられたし」

と書いて看護師を通じて彼に渡してもらうことにし、辞去した。

以降の交渉が遅々として進まないとはその時は思いもよらずに。

それにしても、わずか半年の間に2回もビッグスクーターに跳ねられるとは思いもよらなかった。 兼ねてから彼らのあまりの走行マナーの悪さには辟易していたのだけれど、この2件の事故で僕はビッグスクーター及びそれに乗るライダーという存在が心の底から嫌いになった。

【補足】

"DQN(「ドキュン」と発音する)"の語源・用法についてはこちらを参照されたい。

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